近年、人気が高まっている電気調理鍋。その市場にパナソニックが満を持して送り出した新製品が「オートクッカー」だ。
食材の自動かき混ぜ機能と圧力機能を併せ持った電気調理鍋は業界初。1,285Wの高火力、約2気圧という圧力機能も業界最高クラスで、まるで「スーパーカー」のような存在だ。
今回はオートクッカーを手がけた担当者に、その開発秘話を聞いた。
おいしさのため、両立困難な要素を「全部乗せ」
昨今活況な「かき混ぜ機能」のついた電気調理鍋としては後発ながら、パナソニックは2019年、約10年ぶり(当時)にリニューアルした電気圧力鍋「SR-MP300」を発売していた。オートクッカーはそれから約4年の時を経て、自動調理と圧力調理を兼ね備えた存在として世に送り出された。
パナソニック くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部 国内マーケティング部 中江睦氏によると、オートクッカーの着想から商品化までに要したのは約3年。電気調理鍋としては市場では後発となったが、それゆえにこだわったのは「おいしさ」だ。
顧客調査に基づく仕様決定から大まかな機構設計の検討、パイロットモデルによる調理試作を経て、満を持しての市場投入となった。中江氏は製品発売の経緯と意図を次のように話した。
「コロナ禍で『おうち時間』を豊かにする価値、手作りの安心、食事を楽しむといった新しい生活様式に根差した価値観が定着し、自動調理鍋は今後も重要な市場と考えています。
その一方、顧客調査では自動調理鍋に魅力は感じるものの、『炒め』など対応できない調理があることや本格的なおいしさへの不安から購入していない人もいることがわかりました。『タイパ(タイムパフォーマンス)』を上げることができる、『時短&おまかせで調理』と『調理の幅&本格的なおいしさ』の両立ができると自信をもってお届けできる最高峰の商品を目指しました」(中江氏)
そこで挑んだのが、「圧力&かきまぜ機能」という業界初のハイブリッド仕様。鍋を密閉空間にする必要がある圧力機能と、鍋に穴を空けてパーツをつけるかき混ぜ機能を両立するハードルは高かった。
「本来、圧力をかけるためには鍋の中を密閉させる必要があります。しかし、鍋底に羽根を組み込むとなると、どうしても下に穴を開けなくてはなりません。また、下に羽根をつけた場合、高圧力を可能にするためのシール性を持たせ、なおかつ羽根の回転に耐えられる耐久性を実現するのは大変でした」(中江氏)
両立が難しい2つの機能の両立には、他の調理家電の開発実績が大いに役に立っている。同社が展開する「ホームベーカリー(自動パン焼き機)」の攪拌(かくはん)で培った回転技術と、炊飯器などの圧力技術が大いに活かされた。
「私たちはもともとホームベーカリーを手がけてきたので、(鍋の)下から撹拌する技術を持っていました。これには、鍋と軸の勘合部分を隙間なく設計する技術も含まれているのですが、その考え方を応用して密閉するためのシール部材を検討した結果、耐熱性を持たせたゴム材を選定することで課題をクリアすることができました」(中江氏)
しかし、シール部材の選定には時間を要した。業界最高クラス約2気圧を可能にするためのシール性、シール部分の回転動作に対する耐摩耗性、パラパラ炒飯やシャキシャキの野菜炒めを作り上げるための耐熱性、シール部への食材の侵入抑制といった4点が要求された。
「耐圧性能を上げると、耐摩耗性が下がる。相反する機能の両立が難しかったです。
そこでオイルシール(油を封印するために回転部分に用いられるパッキンの一種)を複数設置。ホームベーカリーでつちかった、シール部と軸の隙間へ食材が侵入しにくい構成を組み合わせることで現在の性能を形にできました」(中江氏)
電気調理鍋は、お手入れのしやすさも重要なポイント。構造が複雑になればなるほどメンテナンスの手順も難しくなってしまうのが一般的だが、特にこだわった点として「羽根の取りやすさと取り扱いのしやすさ」を挙げる。
「幸いにも軸構造はホームベーカリーで知見がありましたので、すぐに取り外しができて洗いやすい羽根になっています。洗う点数を少なく、内蓋構造などは炊飯器の技術も応用しています」(中江氏)
筆者はオートクッカーの実機を初めて目にしたとき、高性能な電気調理鍋であるにもかかわらず、本体の高さが抑えられているためか、想像していたよりもコンパクトに感じた。
さらに、内側をチェックすると、一般的な電気鍋よりも内鍋の底が浅めで幅広くなっている点も目をひく。この形状に至った理由は「炒め調理」にあった。
「オートクッカーでは炒め調理ができるようにしたかったので、フライパンのように鍋底の面積を広く取って、食材を素早く炒められるようにしました。また、一般的なシンクの深さは17~20cm。鍋が高いと水はねしますので、洗いやすい高さを意識しています」と説明する。
デザイントーンを統一、デザインの顔は「ハンドル」に
外観上のデザインは、落ち着いた雰囲気の“全身ブラック”。パナソニックのキッチン家電ブランド「ビストロ」と共通点のあるデザインとも言える。
「オートクッカーはデザインにもこだわっていましたので、見た目の美しさを阻害せずに機構的な課題を解決する必要がありました」と中江氏。デザイン性と機能を両立させるために工夫が必要だった点をこう明かした。
「例えば、鍋の左右にある持ち手の部分。炒め物をすると鍋の温度は180~190℃まで上昇し、持ち手もかなり熱くなってしまいます。外装を大きくして持ち手を熱源から遠ざければ温度上昇は抑えられるのですが、今回はデザイナー側から『可能な限り本体をコンパクトにしたい』と要望がありました。そこで、見えない部分に排気穴を開け熱を逃し、持ち手の部分を直接触れるようにしました。
デザインのポイントは、フタの上部にあるハンドル部分。アルミを採用することで、手触りの良さと圧力をしっかり閉じ込める硬質感を表現しました。品位と構造的な強度を併せ持つオートクッカーの、デザインの顔となるようなハンドルになったと思っています」(中江氏)
オートクッカーの本体には、初期設定で25種類のオートメニューを搭載。加えて、ユーザーが自由にアレンジもできるよう、温度や圧力、時間などをカスタマイズできる手動メニューもある。柔軟性が高い調理プログラムの設定が可能となったが、誰が作っても同じような仕上がりになるプログラムの開発にも苦心した。
「食材の分量や予約時間、スタートするときの鍋温度、食材の部位など、さまざまな条件の違いがあっても安定して作れるようなプログラムを構築しています。メニューごとに理想とする味を設定し、それに合うように試食とプログラムの調整を繰り返し、延べ1万3,000時間を要しました」(中江氏)
本体にはスマホアプリと連携して、30種類のレシピを登録でき、かつ自由に入れ替えられる。同社の調理家電「マイスペック」シリーズを想起させる手法だ。
「自動メニューには30個のメニュー枠がありますが、『キッチンポケットアプリ』を使って、工場出荷時の初期インストールメニュー含めてすべて入れ替えられ、いつでも簡単に元に戻せるようになっています。
また、自動メニューのメニュー名が表示されている状態で『START』キーを押下するとQRコードを表示。スマホで読み取ると、そのメニューのレシピページを表示してくれます。取説なしで操作できるように設計したのもポイントです」(中江氏)
後発ながら、パナソニックがもてる技術を「全部乗せ」した仕様で勝負をかけたオートクッカー。料理の自動化の担い手として年々存在感を増す「電気調理鍋カテゴリ」における風雲児となるか、今後に期待したい。