日立グローバルライフソリューションズ(以下、日立)が日立史上初めてとなる「紙パック式」スティック掃除機として、2022年12月に発売した「かるパックスティック PKV-BK3K」(以下、かるパックスティック)。
日立は長年にわたり紙パック式キャニスター(シリンダー)掃除機を手がけ、サイクロン式のスティッククリーナーでも実績がある。だが、紙パック式のスティッククリーナーが登場するまでには、消費者が想像していた以上に長い時間を要した。それは機構・設計をはじめ、多くの部品の見直しを図ったからだった。今回はデザイン・設計の担当者に開発エピソードを聞いた。
デザイン・開発の両面から、使いやすさを試行錯誤
スティッククリーナーを紙パック式にするにあたり見直した部分として、サイクロン式にはない「本体のフタ」が挙げられる。
デザインを担当した、日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 社会イノベーション協創センタ プロダクトデザイン部 デザイナーの關舞氏は、「紙パックの出し入れのしやすさにつながるので、大きく開く本体のフタにはこだわりました。開発の途中では本体の下側に開く構造も考えていましたが、紙パックが交換しづらくなるので、上から大きく開くデザインを考えました」と明かす。
フタのヒンジはハンドル側に設けた。構想段階では吸込口(ヘッド)側に開く構造も考えていたそうだが、設計を担当した日立グローバルライフソリューションズ ホームソリューション事業部 生活家電本部 第二設計部 クリーナグループ 技師の山谷遼氏は、そうしなかった理由を次のように語った。
「吸込口側にいろいろな機構が集中しているので、ヒンジをもってくるのが単純に難しかったことがひとつ。加えて、『フタを吸込口側に開いて紙パックを取り出す』という作法が感覚的にやりづらいとの声もあり、キャニスタータイプと同じ方向へ開く仕様にしました」(山谷氏)
關氏も、「スタンドに立てた状態で紙パックを交換すると想定した場合、フタが上から下へ開くほうが使いやすいのでは? とのアイディアもありました。ただ、立てたまま紙パックを交換すると、パックを出すときゴミが下に落ちてしまうこともあって、本体を横置きした状態で交換作業を行っていただくことに。本体を横置きにした状態で紙パックを交換しやすい、吸口側から開閉するフタにしました」と補足した。
かるパックスティックは紙パック式とするために、既存のスティッククリーナーから構造を変更。本体の内部で紙パックを20°傾けて配置しただけでなく、モーターやバッテリーもすべて斜めに傾けることで、サイクロンに近い使い勝手やデザイン性の向上を実現した。
山谷氏は「(20°傾けたことの)副次的な効果として、紙パックを上に向けた状態で取り出せるようになったことが挙げられます。紙パックに『こぼさんパック』のシールが付いていても、交換するときにゴミが舞うリスクはありますが、傾けたことでこぼれにくくなっています」と語った。
本体のフタには、若干スモークがかかった半透明の素材を用いた。その理由について關氏は、「全体を見ると、(スティッククリーナーが)黒い大きな塊に見えるところを、少し透明感のある素材を用いることで軽やかさを演出しています。それだけでなく、フタが半透明なので、紙パックが装着されているかうっすらと見えます。同じ考え方で、日立のキャニスタータイプの紙パック掃除機でもフタが半透明のものがあります。これまでの開発の経験からも半透明の大きく開くフタのデザインとしました」と説明した。
紙パックをスティッククリーナーに採用するにあたり、使い勝手の観点からも、重心バランスの再検討は外せない重要なポイントだった。
「できるだけハンドルに近い位置にファンモーターや電池などの重い部品を寄せることで、重心がハンドルに近づいて軽く感じます。これは、サイクロン式の開発モデルで導き出された理論でした。
紙パックのモデルでもその理論が通じるかを検証しつつ、今までの経験を活かしてどう最適化するか検討しました。デザインの視点で言うと、ハンドルが重心のどこに位置しているか、操作するときの振られ具合、荷重のかかり具合は重要なポイントです。今回は軽く感じられて操作感のよいハンドルの位置を、重量のあるバッテリーやモーター周りの上、かつ本体の軸上を持てる部分と見極めていきました」(關氏)
ハンドルの形状にも工夫が凝らされている。
「軽くてすぐにサッと使えるのが日立のサイクロン式スティック掃除機の特長でしたので、それに引けをとらない本体のボリューム感やコンパクトさを実現しました。また、既存のモデルを意識しながら、使いやすさの観点から握りやすくて持ち上げやすい、ループ状のハンドルをデザインしていきました」(關氏)
具体的には、「ハンドルと本体の間にできるだけ大きく空間を設けることで、ハンドルの少し前を持ったり後ろを持ったり、シーンに合わせて持ち替えられるように配慮しました。ループ状のハンドルなので、握り込むだけでなく、軽く手を添えて床掃除などが楽にできるハンドルを目指しました」(關氏)とのこと。
実はハンドルのデザインでも、先述の「20°の傾き」が大きく活きている。
「ファンモーターや電池部分がまっすぐだと、ハンドルが上に飛び出たデザインになってしまいます。本体の段差をなくして、ハンドル部分を含めてヘッドから一直線なデザインにするため、ファンモーターや電池部分を傾けたいと、デザインアイディアを設計部に相談しました。
20°という角度は設計部と慎重に定めました。20°傾けて本体の軸上を持つハンドルは、本体の取り回しもしやすく、見た目にもシームレスでスッキリした印象になります」(關氏)
スティックタイプのクリーナーはハンディとの両用が一般的。そのため、ハンディ/スティック双方で使いやすくする必要がある。
關氏によると、「(本体を)20°傾けているので、掃除機を床に置くと、ハンディの下側の角前端が浮いた状態となってしまいます。そこで浮いた部分に脚を設け、ハンディのときでも自立できるようにしたことで、安定して紙パックを交換できるようにしました」と話す。
従来のサイクロン式とは重心バランスも大きく変わっている。それにもかかわらず、山谷氏は大きな苦労はなかったと語る。
「20°傾けたことが非常に効いています。紙パック式のセオリーどおり吸込口を真ん中に設けてまっすぐ部品を配置すると、重心が大きく上方向に寄ってしまう心配がありました。ですが、20°傾けたことにより、モーターやバッテリーといった重量物を下方向に配置することができたので、サイクロン式とバランス的にかなり近い形に持って行くことができました」(山谷氏)
ヘッドに関しては、基本的にはサイクロン式の軽量モデル「ラクかるスティック」(1.1kg)と同じもの。山谷氏は、「かるパックスティックは、流路の工夫によって、軽さとパワーもサイクロンと同じだけのものを実現しました。構造が違っても同等の性能が見込めるため、かるパックスティックでもサイクロン式と同じヘッドを採用しました。吸込試験などでも性能を確認しています」と説明した。
20°傾けた構造などにより、かるパックスティックはサイクロン式に比べてパーツの形状は複雑化。成型には高度な技術が求められ、複雑な構造ゆえに強度試験も念入りに行った。
「パーツは金型で成型するのですが、20°傾いていることによって、ふつうの金型では作れませんでした。斜めになっていたり、形状もカーブが多くて直線じゃない部分が多かったりしたのでいろんな方向に手を入れなければならず、かなり複雑な金型で苦労して作っています。
サイクロン式は吸込口からハンドルまでは1本の棒が通っているような設計ですが、紙パック式はフタを開けると完全に空間になっていて、そこに紙パックを装着するので棒を通すことができません。軽くしつつも強度をいかにして保てるか。バランスを見ながら設計しています」(山谷氏)
新たな挑戦を象徴する本体カラー
表面仕上げや色味も作り込んだ。新色の「ライトラベンダー」が目をひくが、關氏は色選びの理由を次のように話した。
「これまで、日立の掃除機は『ライトゴールド』が定番色でした。今回もライトゴールドは候補の1つに挙がりましたが、日立としては紙パック式のスティックタイプで新しいカテゴリーに挑戦するということで、新色の採用を検討しました。すでにご好評いただいているライトゴールドの良さは『彩度の低い優しいニュアンスカラー』であることですが、共通の特長を持つライトラベンダーに決めました」(關氏)
ライトラベンダーに決まる前は、次亜塩素酸除菌脱臭機「ジアクリン」に使われた、わずかに紫を帯びた落ち着きのあるメタリックカラー(モーブグレー)も検討していた。
「除菌脱臭機と違い、掃除機の場合は本体の面積が小さいので、もう少し明るさと彩度がないと、色そのものを感じられませんでした。掃除機に最適な色を目指して微調整を重ね、モーブグレーよりも彩度を高め、明度を上げていきました。そうした検討から、ライトラベンダーに決まりました。実は、日立の洗濯機にも『ホワイトラベンダー』という色のモデルがあり、そちらとも色味を合わせています」(關氏)
全体のデザインとしては、「横並びになったときの『日立らしさ』を感じられるように意識している」とのこと。デザインフィロソフィーとして「Less but Seductive(一見控え目であっても人を魅了するデザイン)」を掲げる日立だが、關氏はかるパックスティックの意匠を次のように解説した。
「スタンドに立てて正面から見ると、ハンドルカバーが本体からパイプにかけてまっすぐにつながっていく意匠は、これまでの日立のサイクロン式ラクかるスティックとも共通しています」(關氏)
日立のサイクロン式スティッククリーナーは、確かな性能を持ち、必要な機能が取捨選択され、メンテナンス性など使い勝手のよさもバランスが取れた製品として支持を集めている。一方、スティック掃除機が主流となっている現在も、紙パック式のキャニスター掃除機は根強い人気がある。
かるパックスティックは双方の「いいとこ取り」をしたとも言えるが、超えなければならないハードルもそのぶん高く、見た目のシンプルさに反して、技術力と開発者たちの苦労が詰まった製品だった。