issinから2022年秋に正式発売となった「スマートバスマット」。体重計とバスマットを一体化した、ありそうでなかった製品だ。
2022年4月にクラウドファンディングサイト「Makuake」で募集を開始し、2カ月半で3,268万円の支援を集めた。今回は、スマートバスマットの開発秘話を、issin 代表取締役の程涛氏に伺った。
popIn Aladdin創業者が手がけた、新機軸の体重計
程氏は、シーリング一体型プロジェクター「popIn Aladdin」(2018年)を生み出した企業・popInの創業者としても知られる。2022年夏にpopInの代表取締役を退任し、スタートアップ企業・issinを立ち上げた。
新会社のミッションは「家族のカラダとココロを自然に健康維持・増進」すること。人生100年時代と言われる現代において、自己の健康管理を重視し、日常生活に溶け込んだヘルスケア商品と技術の提供を目指す。
その第1弾となる商品として発売されたのがスマートバスマットだが、「体重の測定」ではなく、「体重の管理」を重視したハードウェアであることが特徴だ。
「(開発初期に)市販品の体重計を30個ぐらい購入して、キッチンや玄関など自宅の至るところに置いてみて、毎日同じようなタイミングで体重を量るのに最適な場所やシーンを検討しました。その結果、たどり着いたのがバスマット型の体重計でした」(程氏)
次に行ったのは、手作りの試作品による仕様の策定。市販の体重計にジョイントマット2枚を組み合わせてプロトタイプを作り、それによって「毎日使う」のに最適な形を模索した。
「すでに消費者から受け入れられている売れ筋の体重計なので、試してみたどの製品も、測定器としては完璧でした。ですが、測定とデータ管理は別物。毎日使えるような形にするにはどうしたらいいか、3カ月ほど使用して、バスマットとしてのサイズや肌ざわりから搭載する通信機能まで、ハードウェアとしての仕様を固めていきました」(程氏)
大筋の仕様が固まっていくのと並行して、製造工場のパートナー探しを開始。popIn時代と同様に、スマートバスマットの製造もODMによる外部委託で行うことにしたのは次のような理由だ。
「IoTのベンチャーである弊社にとって、量産化には高いハードルがあります。そこで、ハードウェアの設計からパーツの調達、コスト、問題対応までノウハウを持っているODMの会社にお願いするほうが効率的です。今回も体重計を多数取り扱っている実績のあるODM工場にお願いしました」(程氏)
しかし、体重計の製造を得意とするODM工場とはいえ、バスマット一体型の体重計という依頼は前代未聞だった。
「バスマットの売れ筋のランキングから一般的なサイズを割り出し、本体の大きさを60センチ×39センチに決めたのですが、工場側から『こんなサイズのものは作ったことがない』と言われました(笑)。
また、体重計はユーザーが意識して真ん中に乗りますが、家族で使うバスマットはそうではありません。誰がどこに乗っても測れるようにしなければならず、さまざまなケースを想定し、工場で精度をシミュレーションしてもらいました。
乗ったときに本体が傾いて転倒しないよう、裏側に縁を付けるなど安全面でも通常の体重計にはない配慮が必要でした。想定外のことが多く発生しましたが、工場の側でも真摯に1つひとつ解決に向け対応してくれました」(程氏)
体重計だけど数値の表示はなし、継続性とシンプルさを追求
バスマット部分は珪藻土(けいそうど)入りのソフトマット。当初は本体の素材を珪藻土にすることも考えたが、速乾性や抗菌・防カビ、消臭効果といったメリットの反面、重くひび割れしやすいこと、また冬場は触れると冷たいといったデメリットもあるため断念。強化ガラス製の本体の上に、珪藻土成分を練り込んだ厚さ4ミリの天然ゴムマットを取り付ける方式を採用した。
「バスマットを取り付ける方法にしたため、洗濯機で丸洗いでき、清潔さを保てるようになりました。現在、バスマットはグレー、ダークグレー、グリーンの3色を用意していますが、今後はカラーや柄のバリエーション、人気キャラクターとのコラボレーション展開も考えています。これも、本体とバスマットを分離したから出てきた可能性です」(程氏)
本体にバスマットを貼り付けるスタイルのため、マットの取り付け方にもこだわった。バスマットの裏面に取り付けた吸着テープで本体に固定する。
「磁石のようにくっつく特殊なテープを採用しています。本当に磁石を使うアイディアもあったのですが、マットに磁石を付けることになり、お手入れ性の面で問題がありました。ネットで調べていたところ、洗うことができて吸着力が変わらない理想のテープに出会い、製品に使わせてもらいました」(程氏)
スマートバスマットの外観デザインは、装飾が何もないと言っていいほどに極めてシンプル。体重計として異例だが、本体には数値を表示するディスプレイすら搭載していない。「自分の体重を見るストレスから解放する」という理由からだ。
計測データはWi-Fi経由でスマホアプリに送られる。一般的なスマホ連動型の体重計はBluetooth接続を採用しているものが多いが、そうしなかったのは「毎回Bluetooth接続する手間を省きたかった」ため。Wi-Fi経由にすることで、ユーザーがバスマットに乗るだけで、シームレスに体重管理を継続できることを狙った。
本体側に数値を表示せず、スマホを手にしなくても済むのはメリットである反面、使用時にユーザーが測定の状況を把握するのが難しくなる問題もある。そこで、測定が完了すると音が鳴る機能を搭載。バスマットの上で3秒静止すると体重を測定し、ピッと鳴って完了を知らせてくれる。
「バスマットで体重を量るという体験が今までなかったため、どんな音が適切なのかを決定するのが意外に難しかったです。しっかりと認識ができるけれども、生活シーンにおいて違和感がない音を探さなければなりませんでした。音の大きさやトーンなど、複数パターンのサンプルを試しました」(程氏)
スマートバスマットのスマホアプリは、継続しやすくストレスを感じさせないインタフェースの開発に力が注がれ、発売以降も試行錯誤を重ねて改善・改良を行っている。
「数十種類ものデータを取得できる高機能な体重計もありますが、使いこなすのは簡単ではありません。健康にとって一番重要なデータは体重。特に体重管理で重要なのは増減なので、アプリで簡単にステータスや傾向をモニタリングできるように設計しました」(程氏)
毎回の測定時、ユーザーがアプリを開く必要もなくした。
「体重の変化をプッシュ通知する設定を用意しています。わざわざアプリを開いたときには、体重以外の健康にまつわる知識を表示するようにしました。今後、日本肥満予防健康協会と共同でコンテンツを提供することも予定しています」(程氏)
スマートバスマットでもう1つユニークなのは、データ共有機能。アプリを通じて、一緒に暮らす家族はもちろん、遠く離れて暮らす家族とでも、1人ひとり個別の体重データを管理できる。
また、共有時に実測値の表示・非表示を選べて、共有相手には体重の増減の変化だけを表示することも可能。家族間のプライバシーが守れるように配慮されているのだ。
今後もアップデートを重ね「健康管理のインフラ」に
程氏がスマートバスマットの構想に行きついたのは、自身の体験がもとになっているという。
「起業1年目の年に、父が急病で亡くなりました。振り返ってみれば、最後の3カ月で急に痩せたように思います。本人は自覚症状もなく、私も父の病気に気付かず、とても悔しい思いをしました。
医師によると、直近の半年で体重が5%減ったら、すぐに病院で検査を受けたほうがよいとのこと。私自身も40歳を過ぎて健康に気を遣うようになり、自分のためだけではなく、妻子や遠方で暮らす母も含めて、家族全員がいつまでも健康でいられる世界を作りたいとの想いがissinの事業につながりました」(程氏)
アプリでは用途にあわせた「体重管理モード」を設定するが、取材時点での選択肢は「健康維持モード」、「ダイエットモード」、「チャイルドモード」の3つだった。その後、妊娠時の体重管理向けの「マタニティモード」、赤ちゃんの体重を親が抱っこした状態で測れる「ベビーモード」を追加。実装を予告している「持病ケアモード」のほか、さまざまな付帯サービスも準備中で、随時バージョンアップを図っていく。
程氏は「スマートバスマットは健康管理のためのインフラの1つで、これからもどんどん進化していきます」と語る。
「ソフトウェアはいくらでも改善できるので、問題があっても必ず解消可能です。クラウドファンデングで募集を開始したのは、ユーザーからのフィードバックを直接受けるメリットも得られるからです」(程氏)
学生時代、程氏が専門としていたのは「インタフェースの研究」。ユーザーにとって使いやすく、ストレスのないインタフェースを、ハードウェアとソフトウェアの垣根を超えて追求する点で、スマートバスマットはpopIn Aladdinと同じ思想だ。取材を終えた後も新しい機能やサービスが次々と追加され、「スマートバスマット」はどんどん進化している。
バスマットという日常のアイテムがハードウェアである体重計と合体。さらにネットとつながりIoT化したことにより、快適で健康的に暮らせる世界の扉を開いていけるのか。程氏の新たな挑戦を楽しみにしたい。