家電も家具と同様インテリアの一部と認識し、デザイン性に力を入れる動きが、老舗家電メーカーの間でも広がっている。シャープが2021年春に発売した、冷凍冷蔵庫の新製品もその好例だ。
フレンチドア(6ドア)タイプの「SJ-MF46H」と、左右両側から開くことができる独自の「どっちもドア」を採用した「SJ-MW46H」の2製品は、空間との調和を強く意識してデザインされている。
デザインを担当した、シャープ Smart Appliances & Solutions事業本部国内デザインスタジオの一色純氏に、そのこだわりと開発秘話を伺った。
従来の設計思想を転換し、スリム化を実現
両製品は、容積457Lの冷凍冷蔵庫。業界最薄(シャープ調べ)の設計によって、いずれも奥行が63センチと薄くなったことが、デザイン上でも大きなポイントとなっている。一色氏は、「ユーザーが実際に使っているキッチン空間を想像したときに、冷蔵庫が出しゃばらないこと。そのため、物理的にもデザイン的にもすっきりと収まることを強く意識しました」と話す。
さらに、「すっきりと収まる」ことを優先した設計は、従来の設計思想とは異なるアプローチだと明かした。
「当社の冷蔵庫では、幅をそのままに奥行を伸ばして大容量化を図る、というのがこれまでの設計思想でした。ところが、一般的なシステムキッチンの奥行は65センチがスタンダード。昨今は消費者の間でもキッチン空間のインテリア性や動線が大切にされるようになってきています。加えて、コロナ禍で在宅時間が増え、冷蔵庫を目にする機会も多くなりました。そこで、奥行を広げて大容量化するよりも、狭くなりがちなキッチン空間に冷蔵庫が美しく収まることを優先し、『薄さ』へのこだわりを訴求ポイントにしました」(一色氏)
キッチンにスッキリと設置できる薄型設計とするために、まずは容積効率を高めて、レイアウトも追求した。「メガフリーザー」と呼ぶ従来モデルから好評の大容量冷凍室も搭載したほか、「奥行を抑えた設計を実現したことで、取り出しにくい上段奥の食品も見渡しやすく、使いやすい製品に仕上がった」(一色氏)と副次的な利点を語る。
業界トレンドをあえて外したドアの素材選び
前述のとおり、まずは設置の可能性が高いシステムキッチンに寸法をフィットさせることを目指し、次に違和感なく空間にマッチする自然なたたずまいを意識した。
外観上のデザインとしてはメタルドアを採用。そのアクセントに木目調のハンドルがあしらわれているのが特長だ。ここ最近の冷蔵庫のデザイントレンド、特に高価格帯の製品では、高級感を演出するためにガラストップを用いたものが主流となっていたが、今回、あえて変更した理由を次のように明かす。
「ガラスドアは、あるメーカーが採用したのをきっかけに、他メーカーも追随して一気に広がり、トレンドとなりました。ところが、最近ふと売り場に並んでいる冷蔵庫を見たときに、いつの間にか似たようなデザインのものばかりになっていると気づきました。一方で、家庭では『オープンキッチン』と呼ばれる、リビングとひと続きになったスタイルの間取りが主流となり、冷蔵庫がより一層見られる存在に変わってきています。ユーザーのデザイン嗜好も多様化したことから、冷蔵庫を手がける一メーカーとして、デザインの上でもニーズに応え、選択肢を増やしていくべきではないか? と思うに至り、デザイン改革に着手しました」(一色氏)
改めて最近のトレンドだったガラスドアのデザインを見つめ直してみたところ、「光沢があり、周囲のものが反射して映り込むガラス素材は、見方によっては、目指している方向とは正反対ではないか?」(一色氏)と考えたという。
そこで、これまでの鋼板、ガラスドアに続く第3の素材として白羽の矢が立ったのはメタルドア。カラーは、落ち着きのあるダークメタルと、少し明るめで軽やかな印象のライトメタルの2色だが、キッチン空間に違和感なくフィットさせるために、いずれもマットで落ち着いた質感の実現に注力した。
「表面にはヘアライン加工を施し、金属感を高めています。さらに、光沢や反射を抑えるためにマット加工も併用して、落ち着いた印象を持たせています」(一色氏)
木目調のアクセントで温かみをプラス
各ドアのハンドル部分にあしらわれた木目調のパネルには、次のような意図があるという。
「一般的な鋼板のシルバー塗装とは異なる、アルミ材をベースとした金属表現の中で、メタルのみの状態だと硬質で冷たい印象になりがちです。そこで、木目調のハンドルを組み合わせることで、柔らかさや温かみを加えました。ステンレス調で、ビルトインや建具のような空間に完全に一体化させて溶け込ませるデザインも考えたのですが、圧迫感がネックになりました。最近のインテリアのトレンドとして、オープンシェルフや、木目と金属の素材感を活かしたものが好まれており、冷蔵庫にもその要素を採り込めないか? と考えたんです。木目は、それぞれの本体カラーと相性のよい色調を組み合わせ、調和を図っています」(一色氏)
木目調のハンドル部分は、よく見ると斜めに角度が設けられていることがわかる。これにも、もちろん意図と理由が込められている。
「垂直面そのままだと(ハンドルが)主張しすぎてしまうんです。また、心理的にもだいたい45~55°の角度があったほうが安心感を得られます。そこで角度を斜めに起こしたサンプルをいくつも作成し、環境に調和しながらも、デザインのアクセントとしてキレがあって、全体にリズム感を生み出すような角度を細かく検証しました」(一色氏)
同様に、ドアの前面にも実はごく緩いカーブを設けている。「光の当たり方が柔らかくなることで、ハードなメタルでもインテリア空間に調和しやすくなることを狙った」(一色氏)という。「照明や自然光など、光の当たり具合、床が映り込む反射の度合いによっても色味が微妙に変わるんです。いろんな設置環境や条件を想定して、どんな空間でも違和感のない最大公約数の状態を本当に細かく見比べて調整をしているんですよ」と一色氏。
冷蔵庫市場において、高級機=ガラストップのドアパネルというトレンドが広がる中、そこに風穴を開けるがごとく登場したシャープの新製品。新しい素材に目を付けて採用したに留まらず、空間調和を第一に、角度や表面の曲げ具合に至るまで、パッと見ではわからない細かな調整が随所に行われている渾身作だ。
画一的だった冷蔵庫のデザインに新たな潮流をもたらす製品として、今後の展開にも注目したい。