日立ジョンソンコントロールズ空調(以下、日立)のルームエアコン「白くまくん Wシリーズ」(以下、Wシリーズ)は、個室や寝室に適したシリーズ(6~18畳対応)。2020年度モデルでデザインを大幅に一新している。

  • 日立のルームエアコン「白くまくん Wシリーズ」。個室や寝室向けのラインナップとして、高さを抑えながらも、こだわりの「クリーン性能」に特化した機能を搭載したモデル

    日立のルームエアコン「白くまくん Wシリーズ」。個室や寝室向けのラインナップとして、高さを抑えながらも、こだわりの「クリーン性能」に特化した機能を搭載したモデル

室内機の高さはスリムに抑えつつ、日立のエアコンの特長である「クリーン機能」をフラッグシップモデル並みに搭載。空間に調和するデザインが評価され、2020年度のグッドデザイン賞も受賞した。

今回は、日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ プロダクトデザイン部 主任デザイナーの野村皓太郎氏に、デザイン一新のポイントと開発秘話を伺った。

クリーン性能と小型化のせめぎあい

Wシリーズで真っ先に見直されたのが本体サイズ。カーテンボックスがあるような部屋など、エアコンの取り付けスペースが比較的狭い場所にも設置しやすいように高さを抑えた。昨今はハイサッシと呼ばれる天井間が狭い窓のリビングも増えているが、そうした空間にも対応。設置できる部屋の条件が広がった。

そんな本体の高さは24.8センチ。フラッグシップモデルである「Xシリーズ」の室内機の高さ29.5センチよりも5センチほど抑えながらも、その中に引けを取らない多くの機能を収めた。

  • 室内機を高さ24.8センチに収めたことで、カーテンレールの上やハイサッシの窓上にも取り付けられるように

    室内機を高さ24.8センチに収めたことで、カーテンレールの上やハイサッシの窓上にも取り付けられるように

Xシリーズと比較して高さを抑えた一方で、高さ自体は従来のWシリーズと比べて8mm拡大した。このサイズに決まった理由を、野村氏は次のように語った。

「もちろん、コンパクトさをどこまで攻めていくかは検討しました。しかし、日立のエアコンはクリーン性能が第一。機能を充実させつつも、圧迫感のないデザインを目指すことを最優先に考えました」

  • Wシリーズの従来モデル。スリムな形状は変わらないが、外観の印象はかなり異なる

    Wシリーズの従来モデル。スリムな形状は変わらないが、外観の印象はかなり異なる

クリーン性能を追求した結果、Wシリーズでは、フラッグシップモデルに採用している2つのクリーン機能を搭載。エアコン内部の熱交換器を凍らせて霜を発生、それを一気に溶かすことで汚れを洗い流す「凍結洗浄」機能と、熱交換器やファンを自動で掃除する「ファンロボ」機能を組み込んでいる。

  • Wシリーズの分解イメージ。フラッグシップモデルである「Xシリーズ」よりも高さが約5センチもコンパクトになった内部に、自動お掃除機能などの部品が効率よく配備されている

    Wシリーズの分解イメージ。フラッグシップモデルである「Xシリーズ」よりも高さが約5センチもコンパクトになった内部に、自動お掃除機能などの部品が効率よく配備されている

エアコン業界の潮流と異なるカタチの理由

こうして、フラッグシップモデルよりも5センチ低くしたWシリーズの本体に、クリーン機能を詰め込むことになった。まず行われたのは、内部機構のレイアウトの見直しだ。

「日立のエアコンは、上位機種のプレミアムモデルから下位機種に至るまで、ファンに付着した汚れを掻き取る『ファンブラシ』を搭載することが必須の条件となっています。ですが、このブラシが大きなボトルネックになりましたね。(既存の構造だと)どうしても内部が物理的に圧迫されてしまうので、大幅にレイアウトを見直しました。現在のラウンド型の形状になったのは、内部の機構部品で欠かせない要所を押さえ、必要最低限のボリュームで構成できるからです」

  • スクロールファンの汚れを掻き取るために、前面に搭載されているのがファンブラシ。この部品をどう配置するかが特に苦労したという

    スクロールファンの汚れを掻き取るために、前面に搭載されているのがファンブラシ。この部品をどう配置するかが特に苦労したという

野村氏によると、ラウンド形状は単にボリュームを抑えるためだけでなく、圧迫感を減らし、使う人の安心感を高めるためでもあるという。

エアコン業界を見わたすと、数年前は、省エネ性向上のため熱交換器が大きくなったのに伴い、本体のサイズも大型化。少しでも本体を小さく見せるため、角を立ち落としたデザインが多かった。それに対してここ最近は、部屋という箱状の空間に調和するよう、四角い形状に回帰していた印象がある。そんな業界内の動きがある中、あえてラウンド形状を採用した理由を語った。

「建築物は水平・垂直で構成されるため、上部がフラットな四角い箱型のエアコンにすることで、空間に調和する……と、理論上ではいえます。ですが、実際に模型を作ってみたところ、(箱型のエアコンは)見た目のボリュームが出て、圧迫感が生まれてしまいました。そこで、正面視では水平を意識しつつ、小型化も実現できる、現在の形状が選ばれました」

  • 室内機の真横からのイメージ。圧迫感を抑えるために角を落としたラウンド形状とした

    室内機の真横からのイメージ。圧迫感を抑えるために角を落としたラウンド形状とした

空間に溶け込みつつも、「ある」のがわかるデザイン

前述の通り、Wシリーズでは正面からの印象にもこだわっている。正面パネルの高さを抑えて少しでもコンパクトに見えるように、デザイン上のポイントとして水平方向に一直線の「帯」を採用。これはちょうど、メイクアップのシェーディング※の手法と同じだという。

※シェーディング…鼻筋やフェイスラインに暗めの色の化粧品で影を描き、顔に立体感をもたらすメイク技法

「シェードを入れて、フェイスラインを細く見せる効果と同じイメージです。帯によって本体の影のように見える部分ができ、細く見える視覚効果を利用しました。帯の部分にLEDやルーバーの開閉部も集約することで、ユーザーの視線を集めてスッキリ見せることを狙いました」

デザイン性を意識した家電製品には、装飾を加えたり、カラバリを増やしたりする選択肢もある。しかし、日立のWシリーズでは空間に溶け込みつつも、「あることがわかる」デザインを目指した。

「装飾にはメリットもあると思いますが、今回は少し段差を与えることによって、加飾しているようにも見える方法を選びました。インテリア性を追求する方向性として、存在をなくすか、目立たせるか。家電の中でもエアコンは家に近い存在。今回は存在感をなくすほうがいいと考えました。一番適した手法は天井埋め込み式ですが、一般家庭にはちょっとハードルが高い。存在を目立たせなくしつつも、それがあるとはわかるデザインとして、陰影を利用しました」(野村氏)

  • 前面のパネルと風向板の間に水平方向の帯状の段差を設けることで、さりげないアクセントと引き締め効果を狙った

    前面のパネルと風向板の間に水平方向の帯状の段差を設けることで、さりげないアクセントと引き締め効果を狙った

帯の部分にLEDなどを配備したことで、視覚的なスッキリ感は演出できたが、今度は表示部が見えづらくなってしまう問題が発生。その解消のため、さまざまな検証がなされた。

「設計部門と何度も試作を行いました。太さであったり凹み具合が違うものを作り、検証を繰り返しました。トレンドに応じて変化はありますが、日立のエアコンにおいて帯の部分はずっと踏襲してきたデザイン意匠と言える部分でもありますので、相当こだわっています」と野村氏。

  • 帯の部分にロゴと表示部も配置。正面からは目につきにくく、空間になじみやすくするため、レイアウトやサイズなどを何度も検討したそうだ

    帯の部分にロゴと表示部も配置。正面からは目につきにくく、空間になじみやすくするため、レイアウトやサイズなどを何度も検討したそうだ

ボリューム感を減らし、表面の質感も追及

スッキリと見せるために、部品の構成にも工夫を凝らした。「視界に黒い線が入らないことでスッキリとした印象になる」ことから、段差や分割線を減らした構造に見直しを図った。その中でも構造上の影響が一番大きかったのは、本体下方部分だという。

例えば、向かって右下にリモコンの受光部を備えているが、ちょうどその下側がLEDのケーブルが結線するところにあたり、ケーブルをはじめとする多くの部品が収まっている。上側は自動お掃除機能の機構などを配置しており、「(エアコンには)どうしても中身があるので、ボリューム感をいかに抑えるか、どのように改善できるかを、中身にあたる部品・構造を理解して考えながら、全体のデザインを提案しました」と話す。

ルーバーは横向きの2枚で構成。1つは内側に収められ、できるだけ内部が見えないように設計した。

「設計から、性能のためにはどうしても2枚が必要だと言われたので、この枚数になりました。複数の模型を作って、外観と性能を検証しました」(野村氏)

  • 2枚構成の風向板。1枚は内側に収めることで、運転中も内側が見えにくく、かつ適切な風量と風向を制御できるよう、性能の検証も何度も繰り返したという

    2枚構成の風向板。1枚は内側に収めることで、運転中も内側が見えにくく、かつ適切な風量と風向を制御できるよう、性能の検証も何度も繰り返したという

質感はマットな艶消しと光沢感あるパネルをハイブリッドで組み合わせている。

「一番の理想は壁紙です。大きい面は光沢のある仕上、帯と段差の部分は艶消しを採用して使い分けています。壁に自然になじみつつも、前面パネルに光沢を取り入れることで高級感を演出しています。デザインの差別化を図る上で、素材とか質感といった仕上げに関しては、日立でも力を入れています」

「白くまくん」ブランドのセールスポイントであるクリーン機能の充実と、高さの狭い空間にも設置ができて、ゆとりを感じる自然なデザインを目指して改良されたWシリーズ。見た目のコンパクトでシンプルな本体からは想像できないほどに、デザイン性と性能・機能を両立するためのテクニックやトリックがさまざまに採り入れられた名機だった。