葉山社中から2017年に発売された「BONIQ」。当時、欧米で人気を博していた真空低温調理器を、日本の家庭にも広げたいとの思いで発売された製品だ。

  • 葉山社中の真空低温調理機「BONIQ」。2017年の初代(左)発売以降、2019年発売のPro(右)と続き、2021年2月から2.0(中央)が一般発売された

    葉山社中の真空低温調理機「BONIQ」。2017年の初代(左)発売以降、2019年発売のPro(右)と続き、2021年2月から2.0(中央)が一般発売された

2019年にはプロ向けの「BONIQ Pro」を発売。性能のアップグレードのみならず、機構・設計とデザインを一から見直している。優れたデザイン性と新規性が高い評価を受け、2020年度のグッドデザイン賞を受賞した。

このほど、家庭向け製品における第2世代「BONIQ 2.0」が、2020年末のクラウドファンディングを経て一般発売された。今回は葉山社中の代表取締役・羽田和広氏に、BONIQ誕生の経緯と、そこから相次いで生まれた3製品のデザイン哲学やこだわり、製品化までの秘話を伺った。

初代モデルの弱点を克服し、プロ向けの「BONIQ Pro」へ

羽田氏は、BONIQを展開したきっかけについて、「そもそも、日本市場に低温調理器が存在していなかったので、まず世に送り出すのが第一でした」と切り出す。

「とはいえ、消費者に受け入れられるか未知数の状態で開発コストをかけることはできません。そこで、制約の中で出したのが初代BONIQです。ただし並行輸入品としてではなく、日本で安全性の法的認証をきちんと受けた上で発売しました」(羽田氏)

初代モデルが発売されると、消費者からの反応は上々。ヒットを受け、2019年8月には上位モデル「BONIQ Pro」のクラウドファンディングを開始した。3カ月間で支援総額8,449万8,000円を獲得し、2020年1月には一般販売されるに至った。

初代BONIQとBONIQ Proとの大きな違いはパワーだ。定格出力が700Wから1,200Wになり、加熱スピードが上がった。特筆すべきは、性能がアップしながらも、サイズが36%もコンパクトになっていること。

「初代BONIQは、当時欧米で売られている物としては一般的なサイズでしたが、自分自身が使っていても少し大きいかなという感触はありました。発売後にはユーザーさんからのフィードバックも入ってきて、やはりサイズに関する要望は多かったです。製品を立たせたときのバランスが少し悪いのも感じていたため、私自身がユーザーとしての立場になって改良しました。コンパクトで持ち運びしやすくなり、プロのシェフにケータリングでお使いいただくなど、利用シーンも広がりました」と羽田氏。

しかし、モーターの性能向上とコンパクト化は、一般的に相反する要素でもある。トレードオフの関係をどのように解消したのだろうか。

「小型にすればするほど、もちろん(モーターなどを入れる)空間は制限されてしまいます。そうすると、中の部品は小さくて出力が高いものを採用する必要があり、原価が高くなってしまいます。そこで価格のアンケートを取ってみたところ、消費者が購入できる金額は『3万円ぐらい』までと結果が出ました。それならば、初代モデル(販売当時の定価:税別19,800円)よりも値段を少し上げて、そのぶん中身もいいものにしようと。本体の材質もアルミにするなど、手が出せる金額の範囲で、できるだけいいものを思い切って作ろうとなりました」(羽田氏)

アース線やコンセントも独自のデザイン

  • BONIQ ProとBONIQ 2.0は、IPX7性能の防水対応。水洗いはもちろん、水深1メートルに30分沈めても浸水しないほどの防水性能だ

    BONIQ ProとBONIQ 2.0は、IPX7性能の防水対応。水洗いはもちろん、水深1メートルに30分沈めても浸水しないほどの防水性能だ

BONIQ Proでは、IPX7性能の防水に対応し、丸洗いが可能になった。それだけではなく、専用ホルダーを用意して使いやすさを向上。本体側の底面にもマグネットを仕込むことで、金属製の鍋など磁石がくっつく素材であれば、ホルダーなしでも自立できるように工夫した。ところが、この仕様は成型の工程に思わぬ変更を生じさせた。

「マグネットをコーティングしているラバー部分がもともとはやわらかい素材だったのですが、成型時にバリが生じてしまって、材質を一から見直すことになりました」(羽田氏)

  • 水を入れた容器に立てて調理するのがBONIQの使い方。専用のホルダーにセットして使うのが基本だが、底面に磁石が仕込まれているため、ホーロー鍋など金属製の物であれば単独でも自立する

    水を入れた容器に立てて調理するのがBONIQの使い方。専用のホルダーにセットして使うのが基本だが、底面に磁石が仕込まれているため、ホーロー鍋など金属製の物であれば単独でも自立する

  • クリップ式で容器の縁に留めて固定する仕組みの専用ホルダー。本体とは裏側にある突起部分をスライドさせてはめ込む仕様で、安定して装着できる

    クリップ式で容器の縁に留めて固定する仕組みの専用ホルダー。本体とは裏側にある突起部分をスライドさせてはめ込む仕様で、安定して装着できる

  • BONIQ Proの底面。マグネットが中に収められている。ラバー部分は、マグネットをコーティングしたことで成型のときにバリが生じたため、材質が変更された

    BONIQ Proの底面。マグネットが中に収められている。ラバー部分は、マグネットをコーティングしたことで成型のときにバリが生じたため、材質が変更された

BONIQ Proはケーブルにもこだわりが。実際に扱ってみると、剛性がありながらも非常にしなやかであることに気づく。

羽田氏は、「安価なPVCではなくラバーコーティングを施して。丸めても弾性がある材質にしています。実は、電源プラグも金型を起こしてオリジナルのものを使っているんです」と明かす。

よく見ると、アース線も一般的な汎用のものとは異なる。その点について、「一般的には線が緑や黄色といったものが多いのですが、アース線もデザインを重視したオリジナルのものを採用しています。製品に対する考え方は、いらない要素を排除しきった物を完成とする、アップルのデザイン哲学を意識しています」と語る。

  • BONIQ Proのケーブルは高品位なラバーコーティングを施して、弾力と剛性を高めた。プラグやアース線もオリジナルのものを採用している

    BONIQ Proのケーブルは高品位なラバーコーティングを施して、弾力と剛性を高めた。プラグやアース線もオリジナルのものを採用している

電源を落としたときの見映えまで追求

もうひとつ、特にこだわった部分として明かされたのは、本体上面にあるディスプレイ部分。温度や時間を数値で表示するとともに、タッチ式で操作部も兼ねた仕様だ。数値を表示するディスプレイ部の境目がわからないように、細かな調整が図られた。

「電源がオフになっているときに、ディスプレイ部分が真っ黒に見えるようにしたかったんです。開発段階では、防水性を保つためにディスプレイ枠の境目が目立っていたのですが、それが極力わからなくなるように、技術者に無理を言って調整してもらいました。最初はできないと言われていたのですが、妥協せずに何度も試作して実現しました」(羽田氏)

  • BONIQ Proの液晶表示部。ロゴの上側に数字をデジタル表示するディスプレイを備えているが、境目は目を凝らさないとわからないレベル。電源がオフのときに全体が真っ黒に見えるようにとこだわった部分だ

    BONIQ Proの液晶表示部。ロゴの上側に数字をデジタル表示するディスプレイを備えているが、境目は目を凝らさないとわからないレベル。電源がオフのときに全体が真っ黒に見えるようにとこだわった部分だ

初代モデルから目を見張るほどの進化を遂げた「BONIQ Pro」。スタイリッシュでスマートなデザインには、消費者の想像を超えるこだわりと、それを成し得るための揺るぎない挑戦、努力の結晶が詰まっていた。