料理愛好家から絶大な支持を集める鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」シリーズを製造・販売する愛知ドビーが、2020年春に発売した「バーミキュラ フライパン」。予約開始から3週間で予約台数が1万5,000台を突破するほどの大反響で、発売から8カ月で受注台数が12万台を超える注目の製品となった。
「2020年度グッドデザイン賞」を受賞したほか、日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)が主催する「JIDAデザインミュージアムセレクションVol.22」にも選出されている。
今回は、バーミキュラ フライパンのデザインを担当した、愛知ドビー クリエイティブ統括本部 デザイングループの松本和也氏に、プロダクトデザインの視点から誕生秘話を伺った。
カーデザインと調理器具デザインの共通項
開発が始まったのは、2018年の秋から冬ごろだった。
「もっと前から構想自体はあったのですが、具体的にプロジェクトとして動き始めたのはその時期からですね。鋳物ホーロー鍋ブランドから飛躍できるような商品開発をしたいとの思いは前々から共有していたのですが、開発のきっかけは、弊社の副社長・土方(智晴氏)の、オーブンポットやライスポットでの調理はおいしくできるのに、フライパンだとうまくできなかったという経験でした。『最も身近な調理器具であるフライパンで、おいしさを追求しよう』を目標に掲げたプロジェクトにGoサインが出て、そのタイミングで私が担当者として参画しました」と経緯を振り返る。
松本氏が愛知ドビーに入社したのは、2018年6月。前職ではレーシングカーを開発していた、異色の経歴の持ち主だ。
「もともと料理が好きで、バーミキュラを愛用していたこともあって入社しました。業界は大きく異なりますが、レーシングカーも調理器具も、目的を達成するために必須の機能があって、プロダクトデザインの考え方としては似ているのかなと思います」と話す。
入社後は、トップシェフ向けの特注の鍋や、2019年末にオープンした体験型複合施設「VERMICULAR VILLAGE(バーミキュラ ビレッジ)」で販売されている限定商品を中心に手掛けてきた。
フライパンの開発にあたっては、まずは、ビジョンやスケッチなどを固めて、3Dのデジタルモデリングを行い、3Dプリンターでの試作を繰り返す。そして、方向性が定まった段階で、金型のプロトタイプを製作するという流れだ。松本氏によると、プロトタイプの段階までにかかった時間はわずか2、3カ月程度。
「個人的には、プロトタイプをいかに早く作れるかがキモだなと思っていました。あとは、その都度浮かび上がった課題をしらみつぶしにしていく作業ですね。問題を解決する仮説を立てて、それに対して検証を重ねていくという連続。それに長い時間を費やしています」
おいしさを追求するために、思い切った「方向転換」
その一方で、松本氏は「達成すべき目的のためには、すぐに方向転換するのが愛知ドビーという会社なんです」とも話す。
「最初は、市場にあふれているノンスティック加工(こびりつきを防ぐために表面にテフロンやフッ素、ダイヤモンドなどを塗装すること)を実現しつつ、おいしくできる方法を考えていました。ですが、『瞬間蒸発』でなければ得られないおいしさがあることに気づいた時点で、思い切ってノンスティック加工を捨てました。おいしさを追求する方向に途中から舵を切り直したんです」と明かす。
「瞬間蒸発」こそが、バーミキュラ フライパンの大きな特徴。プロの料理人が作った炒め物のように、食材から出る余分な水分をすばやく飛ばすことで、料理をおいしく仕上げるのだ。プロは高い火力と鍋を振る技術で「瞬間蒸発」を行うが、家庭ではそうはいかない。
そこで、水がなじむ特殊な性質を持つ新開発のホーローと、蓄熱性が高い鋳鉄を組み合わせ、食材から出た余分な水分を瞬間的に蒸発させて旨みを凝縮する独自技術「エナメルサーモテクノロジー」を採用。バーミキュラのWebサイトによると、バーミキュラのフライパンで5ccの水を250℃で加熱した場合の蒸発スピードは、フッ素コートのアルミフライパンと比べて約100倍速い3秒を実現したという。
普遍性とフライパンらしさを同居させたデザイン
一方で、デザインコンセプトや意匠として意識したのは、「Toolist(ツーリスト)」だと語る。「『物を大切にし、モノとともに時を刻む人』という意味の造語なのですが、そうしたツーリストに捧げるフライパンがデザインコンセプトですね」と松本氏。
その上で大切にしたのは「モノとしての普遍性」だ。「その時々の流行ではなく、長年愛してもらえるアイテムであること」を意識し、「道具としての機能美をいかに追求できるか」だという。
「道具としての無骨さと美しさ、シャープさをイメージして、それぞれの要素をコラージュした」とのことだが、他方で「多くの方に使っていただくには、フライパンというカテゴリーに入れなければならない」と語るように、フライパンとしてのあるべき姿・形も同時に満たしている必要がある。
「どのようにお客様に使っていただけるかというのが大事。大きさ、傾き、素材、ハンドル……どれひとつとっても、お客様の目線で使いやすさをどこまで追求できるか。大前提として機能美を追求しなければならず、その結果がこのかたちになったという感じですね。私個人としては、イノベーションを起こすぐらいの気持ちで挑みました」
フライパンに限らず、バーミキュラの製品は、キッチンにあると、なんとなく心地よさを感じさせるものが多い。スタイリッシュではありつつも決して奇抜ではないのは、まずは道具としての基本に忠実であること、すなわち「使いやすさ」を出発点としているから。その延長線上に、見た目でも心地よさを感じるデザイン性があるのだと納得できた。