2020年3月に発売されて以降、同年秋ごろまで品切れが続くほどの大ヒットとなった、アックスヤマザキの「子育てにちょうどいいミシン」。ユーザーがミシンに抱くネガティブなイメージを排除しつつ、ミシンとしての機能や性能のバランスを吟味して作り上げられた。
後編となる今回は、従来のミシンにはなかった発想で生まれた機能や、その源泉となったエピソードなど、アックスヤマザキ 代表取締役を務める山﨑一史氏が明かしてくれた裏話を紹介したい。
「ミシンの需要を掘り起こす」ため、本棚に収まるほどコンパクトなサイズにすることが決まった。次に検討したのは、“子育てにちょうどいい”機能だ。あくまでも「ミシンで縫い物をやらない人に、やってもらうこと」を軸に、機能は最低限に絞られたという。
「入園・入学の準備用と言うと、よくあるのが名入れのための文字が縫えるミシンです。しかし、それありきで考えると、本体もパーツも価格が高くなってしまいます。そこで、文字縫いの機能は思い切って捨てて、“手作り入門用”の機能に限定しました」
一方で、手軽に使うための機能にはこだわった。たとえば「子育てにちょうどいいミシン」は、電源が乾電池とコード式(一般のコンセント)の両方に対応している。
「以前発売した子ども用の毛糸ミシンで好評だったことから、2ウェイ電源は絶対に取り入れるべきだと思ったんです」と山﨑氏。しかし、「電池で駆動するとなると、電池の持続時間の問題もありますので、トルクを調整するなど可能な限り負荷を減らして、できるだけ長く運転できるように努めました」と、密かな苦労も明かしてくれた。
もう1つのこだわりは「フリーアーム」の採用だ。ミシンでパンツの裾上げなどを行う際に筒縫いができる便利な機能だが、一般的なミシンでは補助テーブルを外すといった準備をする必要があり、若干のめんどうが伴う。そこで「筒状のものを縫える形状にしました」とのこと。
そして、本体の見た目のデザインにも力を入れた。山﨑氏は、その契機となったエピソードを次のように話してくれた。
「友達の奥さんにミシンをよく使う方がいるんですが、普段はミシンを隠しているそうなんです。新築のキレイな家に住んでいて、ミシンを出したままだと生活感が出てしまうというのが理由なんですが、それを聞いて、ミシン自体もインテリアとして置いておいて、見せたくなるぐらいのデザインでなければいけないなと思ったんです」
「子育てにちょうどいいミシン」の本体カラーには、マットブラックが採用されている。ミシンというと白い本体のイメージが強い中、異色な存在だ。
「意見を聞いて回ったところ、希望として多かったのがマットブラックでした。イメージとして目指したのは、マウンテンバイクのような自転車とか、コーヒーメーカーです。道具感があって本格的志向という印象。女性に限定されないユニセックスなデザインなので、ファッションが好きで、リメイクなどでソーイングをしている男性にも受け入れられたと思います」
こうしたイメージを出すために、大切にしたのは質感だ。「本当は塗装にもこだわりたかったのですが、消費者が手にしやすい1万円で発売したいという思いもあり、価格面のハードルから難しいという判断になりました。その代わり質感にこだわることにしました」と説明するように、光沢仕様が主流のミシンにおいては、一風異なるマットな仕上げになった。
実は、全体がマットな中、一部をあえて光沢にしているという。「内側の部分だけは光沢仕上げなんです。この部分は、生地の滑りも大事ですので、マットよりも光沢のほうが適しています。ただ、この部分の質感や色味のバランス調整に難儀して、そのせいで発売が1カ月ズレてしまったほどです」と、苦笑を交えながら明かしてくれた。
フォルムとしては、直線的なデザインだ。ミシンは丸みを帯びたデザインが多いが、空間への収まりやすさを意識して、スッキリとしたデザインに仕上げられた。とはいえ、「あまりに角々しいと、安全上の問題もある上に、操作もしづらくなってしまうので、ほどよく丸みを持たせています。上から見ると、柔らかさのあるデザインなんですよ」と山﨑氏。
もう1つユニークなのが、付属品の「針ガード」。ミシンを使わないときには、針の部分にはめ込んでおくとロックされ、好奇心で子どもが触ってしまったり、誤動作させてしまったりするのを防げる。スマホスタンドも兼ねており、ミシンを使うときにはスマホを置いて、動画を見ながらミシンを操作するアシストをしてくれる。
「子育てにちょうどいいミシン」は、本体の操作方法に加えて、入園・入学グッズやマスクなどの作り方を、動画で多数公開しているのも特徴的だ。現代において、家電の操作方法をスマホ動画で確認できること自体は珍しくないが、ミシンでこれを採り入れ、スマホスタンドまで用意しているというのが面白い。山﨑氏によると、スマホスタンドを兼ねた針ガードという発想を思いついたのも、ふとした日常のひとコマからだった。
「キッチンで、妻がスマホをスタンドに立てて、レシピ動画のサイトを見ながら料理を作っていたんです。それを見て、ふと、ミシンもこれでいけばいいんじゃないかと。昔であれば、年配者や身近な人にミシンの扱い方や縫い方を聞けましたが、現代はそういう環境や機会も減っています。使い方はミシンによっても違いますから、料理と同じように、このミシン自体の使い方と作り方を見せられればいいのではないかと考えました。以前から料理とミシンは共通性があると思っていたんです」
こうして、当初予定よりも1カ月遅れで2020年3月に発売された「子育てにちょうどいいミシン」。「本来は入園入学の準備時期に合わせて発売するべきで、それを目指していたのに遅れてしまったのですが、逆にコロナ禍という予想外の事態があって、マスクを手作りする人や在宅時間の過ごし方として需要とタイミングがマッチして、予想以上のヒットにつながりました。しばらくは生産が追い付かない状況でしたが、最近になってようやく安定的に供給できる体制になりました」と話す。
やらない人に振り向いてもらいたい――という思いのもとで、まずは裁縫のハードルを下げ、間口も広げるために、機能とデザインを追求して生まれた「子育てにちょうどいいミシン」。山﨑氏は、ミシンとクルマの共通点を挙げて、その思いを次のように語った。
「家庭用ミシンも、昔はアルミや鉄でできており高級品でしたが、現在では樹脂が使われるようになり、耐久性などは昔のミシンに比べるとどうしても劣ってしまう反面、昔よりは購入しやすくなりました」
山﨑氏によると、今後もラインナップ拡充を予定しているという。「今回、随分と手間暇をかけましたので、今後もこれをベースにして、違うタイプの商品開発を進めています」と明かしてくれた。それと同時に、「“レシピ”にあたる、作り方についてのコンテンツも、随時アップデートを図って発展させていきたいです」と語ってくれた。今後の展開にも期待したい。