三菱電機のルームエアコン「霧ヶ峰FLシリーズ」。インテリア性、デザイン性の高さを追求して同社が今年3月に発売した製品だ。

「霧ヶ峰FLシリーズ」

昨今のエアコンに多いカーブの多いフォルムとは異なる四角いフォルムで、カラーも白が一般的なエアコン市場においても、ひと際異彩を放つボルドーレッドとパウダースノウ。この印象的なルックスで、これまでとは異なるユーザーをつかんでいるという。

今回は同製品の開発を担当した、同社静岡製作所ルームエアコン販売企画グループの中洲次郎氏に、製品化までのプロセスや開発秘話を伺った。

三菱電機 静岡製作所ルームエアコン販売企画グループ 中洲次郎氏

コンセプトモデルをそのまま製品にする挑戦

中洲氏によると、同製品はもともと同社のデザイン研究所の自主研究によるコンセプトモデルとして作られたのが始まり。製品化に至る経緯を次のように明かした。

「(コンセプトモデルの)社内のお披露目で当時の所長が気に入り、すぐに製品化しようという話になりました。通常エアコンというのは、機構・設計の部門からある程度の形状が挙がってきて、その段階でデザインが検討されるのですが、FLシリーズは真逆。最初からデザインありきで、それをいかにして技術的に可能にしていていくか、量産化していくかという異例のプロセスで製品化が進められました。ゆえに、通常は基本技術や大きな変更が伴わない新モデルの場合はだいたい1年ほどで新しいものが発売になるのですが、この製品は2012年3月ごろから2015年末ごろまで開発が続けられました」

実際に設置された様子

製品化までに3年以上の道のりを要したという同製品だが、第一の関門は"表面処理"だったとのこと。FLシリーズの表面のパネルは洗練されたメタル調の質感が印象的だが、実は通常のエアコンと同じように樹脂素材で出来ている。コンセプトモデルは実際に金属で作られていたが、実際の製品ではその通りにできない理由があるのだ。

「アルミなど熱伝導率の高い金属のパネルはエアコンの冷気で冷たくなりやすく、結露が発生してしまうんです。それゆえ、(製品化するとなると)どうしても表面には金属素材は使えないんです」と中洲氏。しかし、そもそも「デザイン性の高い、エアコンの新しい市場を作っていきたい」という思いで始まったプロジェクト。コンセプトモデルにできるだけ近いものを目指し、妥協は許さなかったとのこと。そこで思いついた工夫が塗装の方法だ。

塗装のサンプル。表面はアクリル樹脂で、ヘアライン加工を裏面から施し、シルバーメタリックの塗装を行うことで金属感を出している

「ヘアライン加工やメタリック塗装などを裏側から施しています。金属が使えないなら、透明のアクリル樹脂の裏から塗ってみようという、逆転の発想ですね。レッドは比較的すぐにできましたが、ホワイトのほうはパールの塗装を二度塗りしたり、コストも手間もかかっているんです」

正面から見えない吹き出し口を実現

中洲氏が次に語った2つ目の課題は、正面から見た際のデザインだ。エアコンの風の吹き出し部にあたるルーバーやフラップというのは、正面から少し斜めの位置に見えるのが一般的。これは風を水平に送り、部屋に行き届かせるために物理的に不可欠な構造でもある。しかし、本製品では正面からは見えない位置にあるのが特徴だ。

エアコンの多くは吹き出し口が常時見える状態になっているが、「霧ヶ峰FLシリーズ」では運転していない状態において吹き出し口が正面から見えず、完全な直方体になっている

「従来のエアコンのルーバーやフラップの位置というのは、風を水平に吹かせるためそうなっているものなのに、(正面から見えない状態にするのは)無理だと、はじめは設計担当者から言われました。しかし、海外の事業所でも高い評価を受けたコンセプトモデルであり、少しでも妥協して(普通の)エアコンっぽくなってしまったら台無しだということで、なんとか実現する方法を考えました。これが一番のハードルだったと思います」

そこで考え出されたのが、格納式フラップの仕組みだ。本体内部に小さなフラップを仕込み、稼動する時だけ姿を現し、送風効率を下げないようにしたのだという。

運転時だけフラップを表に露出して稼働する

「見た目だけ」にしないための性能と割り切り

そして3つ目の壁となったのが省エネ性能。中洲氏は「事前のマーケティング調査からも、見た目はよくても中身がいまいちというのでは、この商品に魅かれるユーザーは好まないだろうということで、弊社の上位クラス同等の省エネ性能を目指そうという話になりました」と明かす。

ちなみに、中洲氏によると、昨今のルームエアコンが大型化しているのは省エネ性能を上げることが大きな要因になっているという。省エネ性能を向上させるために、太いファンや大型の熱交換器を採用する必要があり、奥行きや高さが増す傾向にあるのだそうだ。

これに対して、FLシリーズで取られた策は横幅を伸ばすこと。同製品の外形寸法は、幅890ミリ、高さ307ミリ、奥行き233ミリ。通常のエアコンは日本間の半間を基準に設定された800ミリが主流。しかし、FLシリーズではスタイリッシュなデザインを維持するために、奥行きは押さえて、その分横幅を伸ばした。これにより、日本の住戸のうち一定の割合で設置ができなくなってしまうと把握していたが、そこはデザイン性を最優先に考え、「ある程度の割り切りが必要」という結論に至ったとのことだ。

設置時のイメージ。エアコンを部屋全体のコーディネートの一環として配置している

同様に、機能面で割り切られたのがフィルターの自動清掃機能だという。この機能は現在、各社の上位モデルでは必ず付いていると言っても良いもの。そのため、「取るか取らないかは社内でも大論争でした」と振り返る。

「事前のマーケティング調査で、エアコンのデザイン性を重視する約2割の層は、フィルター清掃機能がなくてもデザインがよければ買うと答えた人が多かったこともあり、デザインと両立させるための技術的な限界で搭載をやめました。そのぶんのコストをデザイン面にかけることができたので、最上位モデルとほぼ同じ値段を実現することもできたのです。本質の機能は維持しながらもユーザーにとっての選択肢を増やすという戦略を取ることにしました」と中洲氏。

同社のセンサー機能「ムーブアイ極」も、フラップ同様格納できる設計

これだけ技術部門を悩ませることになった、スクエアなフォルム。これを採用したデザイナー側の思いは、"家具"としてのエアコンだった。中洲氏はデザイナーチームの狙いを次のように代弁した。

「デザイン研究所のチームには、"デザインエアコンのスターンダードを作りたい"という思いがありました。エアコンと言っても、部屋にあるもので、家具と同じインテリアの一部。そこで"家具のようなエアコン"というのが出発点にありました。そして、部屋というのは箱型で直線的なものなので、シンプルでストレートなデザインが合うのではないかというのがあったようです」

また、本製品のデザインでもう1つ目を引くのが、中央で二分割されたような形状。これについては「真ん中にスリットを設けたのは、風の吸込み口としての役割を持たせているんです。通常は上側に吸込み口があるのですが、送風効率から言うと、実は真ん中から吸い込むというのが一番なんです。しかし、通常のエアコンはフィルターの清掃機能などがあることによってこれが実現できない。でも本製品ではそれを取りやめたことにより、この機構を採用することができたんです。デザイン上の意味もありますが、機能美でもあるんです」と説明する。

リモコンは通常1パターンのみだが、この機種では本体カラーにあわせて2種作られた。ボタンを極力表に出さないよう設計されている

この他にも「ムーブアイ極」と呼ばれる、同社のルームエアコンで特徴的なセンサー機能も搭載しているが、フラップ同様、稼動時以外は本体に格納される仕組みだ。同製品ではこうした格納式のために9個の独立したモーターで制御が行われている。

「設計担当者は、本体から現れる動きにもこだわっています。リモコンも本体カラーに合わせたデザインのものを用意しました。コストはかかってしまいますが、細部に至るまでとことんこだわったんです」と中洲氏。

"家具としてのエアコン"をモチーフに登場したFLシリーズ。「デザインエアコン市場を切り開きたい」という同社の思いを引き継ぎ、今後も各社から個性溢れるデザインの製品が登場し、消費者にとっての選択肢が増えていくことを期待してやまない。