バルミューダデザインのプロダクトをいわゆる"デザイン家電"にカテゴライズするのは少々はばかられてしまう。なぜなら、同社のプロダクトと、世間一般でデザイン家電と呼ばれるものの開発のアプローチにあまり共通点が感じられないのだ。
バルミューダデザインのプロダクトは、もう少し硬派で、素材の質感があり、単に重量という意味ではないプロダクトの"重み"があるような気がする。
そのプロダクトの印象は、そのまま代表の寺尾玄さんの印象につながる。第一印象はぶっきらぼうな人だと思ったが、それが、真っ正直で一本気な人柄の裏返しということに気づくのに、そんなに時間はかからなかった。
寺尾さんは、1973年生まれ。高校を中退し、17歳でスペイン、イタリア、モロッコなどを旅する。帰国後、音楽活動を開始し、大手レーベルと契約を結ぶまでに。その後、ミュージシャンから一転、ものづくりを志す。
「"もうこれ以上の音楽はつくれない"という最高のバンドをつくったんですが、その中の重要なメンバーが抜けてしまい解散。燃え尽きて3カ月くらい灰になっていました(笑)」。
2001年にバンドを解散した後、寺尾さんは、メーカーを起業するために動き出す。「自分でものを考えて、つくって、売る」というトータルでの"ものづくり"を目指したのだ。しかし、これまでにものをつくった経験も、デザインをした経験もない。不安はなかったのだろうか?
「17歳でひとりで海外を放浪したくらいですから、そういう不安はないんです。旅の途中、ゲイに気に入られ、怖い思いをしたこともありますし(笑)。昔から好きなことをやっているだけです」
その好きなことが、どうしてものづくりに結びついたのか。
「メーカーをやりたいと思ったのは、自宅で音楽をつくるときに愛用していたAppleとアーロンチェア(ハーマンミラーの高機能ワークチェア)の影響が大きいですね。僕は夢を見ないと生きていけないんで、音楽の次の夢を探していたら、目の前にあった。こういうユーザーベネフィットの大きい商品をつくってみたいと思ったんです」
「ものづくりをする」と決めてからの行動は早い。まずは毎日バイトが終わった後、東急ハンズに通い始める。材料や工具のこと、ものができる工程などを知るために、スタッフを捕まえては質問した。そのうちに専門用語もわかってきて、インターネットでの検索も楽になり、少しずつ知識を蓄えていく。次に、家の近くの工場に電話をかけたり、訪問したりした。迷惑がられることがほとんどだったが、2、3の工場が面白がってくれた。
「『うちでもつくれるけど高くつくから、自分でつくってみたら』って言ってくれた工場があって。今度はバイトの後に毎日そこに通って、ボランティアで教えてもらいながら、機械を借りて自分で試作をつくったりしていました。その工場がなかったら、バルミューダデザインはなかった。今もお付き合いをさせていただいていますが、いつまで経っても恩返しはできそうにありません。そこがなかったら、何も始められなかったわけだから」
そこで学んだアルミ切削の技術を活かし開発した第一号製品が、AppleのMac専用の冷却台「X-Base」。それを機に、バルミューダデザインを設立。2003年のことだった。
会社を設立後は、独学でウェブサイトを制作し、営業にも奔走する。X-Baseは5月に5台製作し販売を開始したが、夏の終わりには120台が売れたという。そして2008年、バルミューダデザインにとってのひとつのターニングポイントとなる「Airline」が誕生。LEDの光を放つときはもちろんのこと、極限の機能美であるエアラインの翼を想起させるフォルムが美しいデスクライトだ。
「自分にとって世界で一番かっこいいものができました。素材や質感、メイドインジャパンにこだわり、ほんとうに丁寧につくりました。でも売れ行きを見たときに、方向転換をしないといけないのではないか、と気づいたんです。どれだけかっこいいものをつくっても、選ばれなければ意味がない、と。そこからそれまで以上に、ほんとうに人に必要とされるものをつくらないと、という思いが強くなったんです」
欲しい扇風機がみつからなかった
「ユーザーベネフィット」を第一義に、次につくるべき製品を模索した結果、たどりついたのが、冷暖房機器事業だった。
「ものをつくる以上、環境問題に対する考えは常につきまといます。地球温暖化や石油燃料の枯渇などにより、きっと、10年後、20年後、夏はもっと暑くなっているだろう。もしそのときにエネルギーが不足したり、なくなったりしていたら、地球規模で困るだろう。ならば、省エネや技術革新により、新しい冷暖房システムをつくれないだろうか、というのがプロジェクトの始まりです」
その中で目をつけたのが扇風機。寺尾さん自身、毎年買いたいと思っているが、結局欲しいものがなく、買いそびれているという個人的な体験が、ひとつのきっかけとなっている。まず、流体力学の本を読み始め、まだまだ未解明の部分が多い学問だと知る。それならば自分にもできるのではないか。素人ならではの強み、発想の豊かさから、理想の"風"を追い求めていく。
「カラーやサイズのバリエーションは増えましたが、扇風機には、高機能、高価格というカテゴリーがありません。でも、健康面や環境面からエアコンを使いたくないという人は多い。じゃあ、扇風機の高機能とは何なのか? 扇風機にとって一番大事なのは言うまでもなく、"送風"の機能なんです。
そこで、扇風機の前で10分風を浴びた後に、外で自然の風を浴び、その違いを体感してみました。すると、自然界の風には、圧力がないことがわかりました」
そんな折、お世話になっている工場の方から、「扇風機の風は、壁に一回当てるとやさしくなる」という話を聞く。扇風機から発された直進的な風のかたまりは、壁にあたることで消滅し、面となって広がっていくのだ。つまり、圧力の原因となる風のかたまりをなくすには、風をどこかにぶつければいい。これは大きな一歩となった。だが、そのためには、具体的にどうすればいいのだろうか。
「風が吹いてくる方向にお椀を当てたり、ファン同士を向かい合わせにしたりと、試行錯誤を繰り返しました。あるときテレビを見ていたら、小学生たちが列になって足首同士をひもで巻き三十人三十一脚をしていたんですが、足の速い子はまっすぐには進めず、必ず遅い子に巻き込まれるんです。
それを見ていて風も同じ原理なんじゃないか、と。これがヒントとなり、ファンから2種類の風をつくり出し、それらを途中でぶつけて風を面として拡散させるという方法を思いついたんです」
2009年3月、最初の試作が完成。そこからファンの数や形状など、微調整を繰り返しながら、最終的に今のかたちに落ち着いたのは、今年の1月のことだったという。そして、2010年4月、プレス発表。そこで姿を現した高機能扇風機「GreenFan」には、「(見た目が)扇風機と思えること」「どこから見ても新しいとわかること」「かわいくもかっこよくも見えること」という、寺尾さんのデザインコンセプトが実現されていた。
実際に風に当たると、これまでの扇風機の風の質とはあきらかに違うことがわかる。包み込んでくれるようなやわらかさが感じられるのだ。
また、サーキュレーターモード時には8m先にまで風が届くなど、サーキュレーター専用機にも匹敵する機能を持っている。エコの観点においても、弱モードにおいて、通常の扇風機が約30Wのエネルギーを要するのに対し、GreenFanはわずかに4W。これは、FAXの待機電力よりも低いというから驚きだ。
デザイン面では、ボタンや取っ手の位置を工夫し、インジケーターの表示をシンプルにするなど、さりげないが、使いやすく美しく処理されている。男性的なイメージが強かったこれまでのバルミューダデザインにおいて、ユニセックスな印象のプロダクトだ。
プレス発表後、GreenFanは大きな話題となり、すでに予想を超える受注が入っている。しかし、これはまだまだ序章に過ぎないという。今後の冷暖房事業の展開について尋ねた。
「来年も、グリーンファンテクノロジーを使った新製品を出す予定です。その後、暖房の開発も並行しながら、5~10年以内に、まったく新しい冷房システムをつくるのが目標です」
ふと、その目標が達成された後のことを想像してみた。これまでの寺尾さんの歩みを見ていると、決して不可能には思えないからだ。最高の音楽をつくり出して音楽をやめたときと同じように、ものづくりもやめてしまうのだろうか。
「もしかしたら、そうかも(笑)。でも、まだまだものづくりには、どっぷり浸かっていたい。真の意味で、ユーザーの方々にメリットを感じていただけるような製品づくりは始まったばかりですから。それに何より、ものをつくることが最高に楽しいんです」
バルミューダデザインの"原点"
ミュージシャンをやめて、バルミューダデザインを設立するまでの時期。バイトの後、工場でものづくりを学んでいた頃につくったチタンの削りだしのキーホルダー。ネットオークションで売ることで生活の足しにしていたという。思い出深い一品だ。