テレビや冷蔵庫、洗濯機のように、暮らしの中心的存在になることは決してないけれども、うちわや風鈴などとともに、日本の夏をイメージするときに、必ず思い起こされるのが、扇風機だ。ただ、家電の売場を見てもわかるように、色はたいてい白あるいは淡いブルーやピンクなど、かたちは大きさに違いがあるくらいでどれも似たり寄ったりと、デザインの観点から語られることはほとんどない。その地味な存在の扇風機に"風穴"を開けたのが、「±0 Fan(プラスマイナスゼロ ファン)」だ。
その独特なフォルムは、従来の扇風機に見慣れた我々の目を惹きつけてやまない。 最大の特徴は、前面の羽根の部分だけでなく、背面のモーターの部分までをガードで覆っている点。また、羽根、ガード、ベースを同じ色で統一することで、全体のフォルムに一体感が生まれ、特に側面から見ると、その流線形のフォルムに淀みがない。 床に置いて使用する背の高いタイプと、卓上用のコンパクトなサイズの中間という、これまでにありそうでなかった手頃なサイズもいい。気軽に持ち運びできるポータブル性と、スタンダードな30cmの羽根が生み出すしっかりとした風量を確保している。 その他、厚みと丸みのあるベースの部分は、思わず触れてしまいたくなるほどのやわらかさがある。これは、±0の代表作である「±0 Humidifier(加湿器)」にも通じる、±0のデザインモチーフといってもいいのではないだろうか。
これらの細部に渡るデザインへのこだわりが認められ、±0 Fanは、扇風機としては17年ぶりにグッドデザイン賞を受賞した。
±0というブランドについても少し説明しておきたい。 2003年9月に設立された±0は、同社のデザインディレクターを務めるプロダクトデザイナーの深澤直人とともに、「ありそうでなかったモノ」を世に送り出し続けている。つまり、多くの人々が無意識の中で欲しいと思っていたものをかたちにし、手に届く価格で提供するブランドだ。
その代表作に、先に挙げた±0 Humidifierがある。加湿器は日本の乾燥した冬に欠かせない存在だが、つい4、5年ほど前までは機能のみを追求したものばかりで、インテリア的な視点からつくられているものは皆無だった。だが、テレビやオーディオなどのAV家電、携帯電話、生活家電などと同様に、潜在的には、加湿器にもデザイン的な視点が求められていた。そんな多くの人々が頭の中でぼんやりと考えていたかたちが、具現化したのが±0 Humidifierだった。
まず、2005年にグッドデザイン賞金賞を受賞し、日本国内で認められた後、2007年にはニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクションに選出されるなど、世界的な評価を受けるようになる。
余談だが、今年の2月にスウェーデン・ストックホルムを訪れた際、ストックホルムを代表するセレクトショップに±0のコーナーが誕生していたことは、日本人として誇りに思える嬉しい出来事だった。
奇をてらうことなく、長く使われるスタンダードなものづくりを行う±0が、次はどのような"気づき"を我々に与えてくれるのか、楽しみだ。
A.K Labo
今回の撮影場所は、吉祥寺の五日市街道沿いにある「A.K Labo」。キャラメルエクレア、ブリオッシュなどの定番のお菓子が特に人気のパティスリーだ。2階にはカフェ兼ギャラリーがあるので、1階でお菓子とドリンクを買い、2階でゆっくりと居心地のよいひとときを過ごすことも可能だ。使い込まれた感じの落ち着いた家具、不定期に開催されるアートエキシビション、ウィットに富んだセレクトの本と、思わず長居してしまいそう……。一人用の席が多く用意されているのもうれしい
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町4-25-9
営業時間:11:00~19:00
定休日:水曜日・第一木曜