前回は、筆者が考えるデットファイナンスのベストプラクティスについて解説いたしました。今回はカウベル効果について取り上げます。

  • カウベル効果

カウベル効果とは

カウベル効果は呼び水効果と言い換えられることもあり、新聞記事や政府の公開資料・政府系金融機関のパンフレットの中によく登場する用語です。カウベル効果を世界で最初に命名した日向野幹也氏のブログによれば、カウベル効果は「金融市場でよく見られる模倣現象のこと」で、同氏の書籍「金融機関の審査能力」(東京大学出版会刊)にて、「貸手Aの融資行動自体がAの行なった審査の結果を顕示(reveal)してしまうので、これに追随するBやCは、ある条件のもとで情報の外部性を利してAの審査能力にいわば便乗する機会を得ること。これをカウベル効果と呼ぶ。」と定義されています。

2021年10月10日の読売新聞の記事「劣後ローン、中小企業のピンチ救う命綱に…コロナ長期化で利用拡大」の言葉を引用すると「政府系金融機関が資金繰りを助けることで、民間金融機関が中小企業への融資をしやすくなる『呼び水効果』」があるとされています。個々の事例としては観察されるカウベル効果(呼び水効果)がどの程度の影響力を持っているのか、研究成果が充実している政府系金融機関の融資が持つカウベル効果に焦点を当てて確かめます。

まず、内閣府のWebサイトに掲載されている、経済分析第140号「製造業における政策金融の誘導効果-情報生産機能からのアプローチ-」には開発銀行の融資先で「製造業に関しては」カウベル効果があったと記載されています。裏を返せば、製造業以外にカウベル効果が当てはまるのか判然としません。このことに関して、大瀧雅之氏は「クラブ財としての公的金融と「民営化」問題-日本政策投資銀行をモデルとして-」の中で、「旧開銀融資が民間誘導効果(カウベル効果)を持ったと考えられるのは計測の対象となった9業種のうち、鉄鋼、農林水産、陸運に限られ、旧開銀融資が高度経済成長に与えた影響を過大評価してはならない」と述べています。

植杉威一郎氏・内田浩史氏・水杉裕太氏の「日本政策金融公庫との取引関係が企業パフォーマンスに与える効果の検証」も見てみましょう。

「理論的には、公庫はセーフティネット貸付などのプログラムにより一時的に財務が悪化する企業にも貸し出すため、民間金融機関が「公庫貸出を利用する企業の信用リスクは高い」とみなして自らの貸出残高を減らす効果、つまり代替的な効果と、「公庫が審査した結果貸し出す先は存続可能性が高い」と考えて民間金融機関が自らの貸出残高を増やす効果、つまり補完的な効果の両方があり得る。」という説明があります。そして、「公庫貸出と他からの貸出が補完関係にあるとは言えるが、公庫貸出が他からの貸出を誘発するというカウベル効果が想定する因果の方向は特定できない」と注意点を提示した上で「公庫貸出が他の金融機関による貸出も誘発する、といういわゆるカウベル効果については、2006 年から 2008 年に公庫利用を開始した企業で限定的に観察されるにとどまっており、常に存在するわけではない。特に、リーマンショック後の景気後退期においては、公庫貸出が増加する一方でそれ以外の金融機関による貸出が一時的に減少しており、両者が代替的な関係にあったことがわかった。」と結論付けています。

家森信善氏は「民間金融機関および政府系金融機関の活動に対する中小企業の評価―企業年齢による差異はあるか?―」の中で、企業の金融機関の利用状況に関するアンケートの結果をまとめています。

呼び水効果について言及している箇所を引用すると、業歴の長い企業は「日本公庫からの借入の副次的な効果として、メインバンクやその他の民間銀行からの借入を削減したり、民間からの金利の低下を実現したりしている。[中略]高齢企業と比べると、若い企業では、「メインバンクからの借入が減った」との回答は少なく、「メインバンクからの借入が増えた」との回答が多い。つまり、高齢企業では、(相対的な意味で)公庫融資はメインバンクと代替的になっているのに対して、若い企業では補完的になっていると考えられる。[中略]メインバンク側に企業に関する定性情報が少ない段階では、日本公庫の融資が呼び水的に作用することがあるのに対して、すでに銀行との関係が確立している高齢企業では、そうした呼び水的な効果は乏しいのであろう。」と書かれています。加えて、日本政策金融公庫から借入をした経験のある企業に対して日本政策金融公庫から融資を受けた理由を尋ねた結果、創業直後の企業の回答は「メインバンクから勧められたから」が多めとなっています。

カウベル効果(呼び水効果)は明確な前後関係を含む概念ですので、メインバンクから勧められて日本政策金融公庫から融資を受ける状況を、日本政策金融公庫の融資に呼び水効果があると言ってよいのか疑問が残ります。

冒頭で紹介した読売新聞の記事に書かれている通り、日本政策金融公庫の融資を受けて民間金融機関からも融資を受けることができた事例は存在します。ただ、その一例を以って政府系金融機関の融資にカウベル効果があると一般化して述べることは、先行研究の内容を読む限り拡大解釈なのかもしれません。限定された状況下で政府系金融機関の融資にカウベル効果があるという理解が妥当です。

カウベル効果に関する検討は以上です。次回は2021年度版の「財務担当者へお薦めする参考文献」を紹介いたします。