本連載を始めてから4年が経過いたしました。再開に先立ち、今回は第21回と第34回の内容を更新するかたちで、2020年の資金調達環境について創業ファイナンスに焦点を当てて解説します。(1)新設法人数の推移、(2)ベンチャーキャピタルの投資状況、(3)創業融資の実績の順に、数字を追っていきます。
(1)新設法人数の推移
新しく設立された法人の数の推移については、東京商工リサーチが毎年発表している「全国新設法人動向」調査にて確認することができます。直近5年の新設法人数を抜き書きすると下記の通りとなります。
2019年の数字は当初131,292社と発表されていましたが、2021年5月12日公開の記事にて131,398社と情報が更新されました。2020年は新型コロナウィルスの経済への影響が色濃い時期でしたが、新設法人数は横ばいで起業意欲の低下に至っていないと言えそうです。
(2)ベンチャーキャピタルの投資状況
ベンチャーキャピタルの投資件数・投資金額を集計して発表している法人は3つあります。
以下で紹介する数字は過去の本連載の記事に掲載した数字と異なっておりますが、集計元が値を更新したことに因るものです。正確な情報収集のためには時間がかかると言えます。それぞれを比較した際、調査主体によって投資件数・投資金額に大きな開きがあり、特に金額については時期によって3倍以上の差異があります。順番に見ていきます。
一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンターが毎年発表している「ベンチャーキャピタル等投資動向速報」から、直近5年の国内投資の件数と金額を拾うと下記の通りとなります。
株式会社INITIALが公表している「2020年 Japan Startup Finance ~国内スタートアップ資金調達動向決定版~」から、直近5年の調達社数と資金調達額を列挙すると下記の通りとなります。
フォースタートアップス株式会社が公開している「2020年国内スタートアップ投資動向レポート」には、直近2年分の資金調達したスタートアップ数と累計資金調達額が載っています。
三者三様の統計となっているため、増減のトレンドについて検討する以外に、意味のある議論をすることが難しそうです。ベンチャーキャピタルからの出資件数は2018年にピークを迎えていた可能性があり2019年以降は減少傾向に入っています。2020年の件数減少は新型コロナウィルスの経済への影響だけで説明してよいのか、疑問が残ります。高い要求収益率に応え得るビジネスプランの数が減少している、という仮説を捨て切ることができません。一方、1件あたりの投資金額は年を追うごとに増加していますので、調達環境が悪化していると悲観し過ぎる必要はないでしょう。
(3)創業融資の実績
金融機関が実行した創業融資の件数と金額について情報提供している機関は2つあります。
日本政策金融公庫以外の政府系金融機関が融資したケース、および、民間金融機関がプロパー融資したケースを除けば、下記の2件の統計を参照することで創業融資の実績をほぼ把握することができます。
パンフレット「2021 日本政策金融公庫のご案内」の中で、創業前及び創業後1年以内の企業に対する日本政策金融公庫の融資実績が紹介されています。
融資先数が2019年に底を打ち、2020年に大きな伸びを見せています。新型コロナウィルス感染症が経済に大きな影響を及ぼしている状況においても、件数ベースでは日本政策金融公庫から積極的に創業資金が供給されていました。1件あたりの調達金額については減少傾向が続いており、起業コストの低減の効果が表れているのか、返済原資となる将来利益が縮小していると見做されているのか、議論が分かれそうです。なお、「日本政策金融公庫 調査月報 May 2021 No.152」に新規開業の動向に関する記事が掲載されており、「開業費用の少額化が進んでいる」「小さく事業を始める開業者が増えている」と説明されています。
民間金融機関が信用保証協会を利用して実行した創業融資の件数と金額は、中小企業庁のWebサイトに掲載されています。「保証実績の公表(信用保証協会別の金融機関別、信用保証協会別、金融機関別)」のページに2018年以降の統計がまとめられていますが、ここでは「信用保証協会別の保証実績」の資料を参照します。原典では保証承諾金額が百万円の単位で集計されていますが、他の情報と比較し易くするために1億円未満を切り捨てております。
民間金融機関が携わった創業融資の保証承諾件数は、政府系金融機関である日本政策金融公庫の実績とは対照的に、2020年に大きく減少しています。1件あたりの調達金額は2019年に下げ止まり、2020年は2018年よりも大きな数字に回復しています。
日本政策金融公庫からの融資と民間金融機関からの融資にどの程度の重複があるのかについては、各々の利用企業を紐付けするための情報がないため、計算することができません。創業ファイナンス時に政府系金融機関からの融資と民間金融機関からの融資のいずれかを選択した企業の割合を、現時点では推計することが難しいです。
上記(1)から(3)の情報をもとに、資金調達の難易度を類推するため、新設法人のうちエクイティファイナンスを受けた企業の比率とデットファイナンスを受けた企業の比率を試算してみます。
近年、エクイティファイナンスを受けられる企業は50社から100社に1社、デットファイナンスを受けられる企業は5社に1社という状況が続いていました。デットファイナンスについては2020年に潮目が変わった可能性があり、3社に1社が融資を受けられそうな勢いの変化が一時的なものなのか、来年以降の動向を注視したいと思います。
また、創業ファイナンスの時系列変化を見たとき、2通りの考え方があり得そうです。ひとつは、エクイティファイナンスが隆盛の時期はデットファイナンスが衰勢となり、エクイティファイナンスが衰勢の時期はデットファイナンスが隆盛となるという見解。もうひとつは、ベンチャーキャピタルが民間金融機関に含まれると見做した上で、政府系金融機関が優勢な時期は民間金融機関が劣勢で、政府系金融機関が劣勢な時期は民間金融機関が優勢とする意見です。どちらの仮説の説明力が強いのか今回の記事では答えを出せませんが、引き続き調査を進めていく予定です。
2020年の創業ファイナンスの傾向として、比較的少額な資金調達は日本政策金融公庫の融資へ、大型資金調達はベンチャーキャピタルによる出資へと、調達方法が二極化していると想像しています。
新しく創業した企業がどの程度出資と融資を受けているのか、状況をまとめている最新の統計情報や学術論文は見つからないのですが、神戸大学大学院経営学研究科の内田浩史教授を中心とした研究グループがまとめた「日本の創業ファイナンスに関する実態調査の結果概要」に2017年時点での数字が紹介されています。全国の新規創業・新規設立企業に対し資金調達の手段を訊ねて集計した結果は下表の通りです。
論文中にて紹介されている数字と、本連載における推計値との間に大きな乖離はないと考えられます。2020年の創業ファイナンスに関する考察は以上です。次回は引き続き2020年の資金調達環境について、新型コロナ対応融資の状況をまとめます。