前回はデットファイナンスとエクイティファイナンスの使い分けについて説明いたしました。今回は、筆者が2019年に読んだ本の中から財務担当者向けの参考文献を紹介いたします。新刊以外も含まれております。
『資金調達の“壁"を打ち破るライツ・オファリングメソッド』
2019年4月の新刊です。一般に、公募増資では時価総額の2割までしか資金調達ができないと言われます。その“壁"を突破するために著者が選んだ手法が、新株予約権を利用したライツ・オファリングです。
ライツ・オファリングを用い、時価総額の2割を超えて資金調達をした際にどのような取引条件を譲歩したのか。ライツ・オファリングを2回、3回と重ねる中でどの取引条件の改善を狙い、結果として取引条件全体がどのように変化したのか。実体験が綴られています。
財務の業界の大先輩がこうしてノウハウを残してくださり、書籍を通じて追体験できることが幸せだなと思いました。大学生向けの企業金融の教科書(概論レベル)を1冊読み終わった人向けの本です。
『スタートアップ入門』
こちらも2019年4月の新刊です。2019年度で15期目を迎える東京大学の授業、「東京大学アントレプレナー道場」のエッセンスをまとめた教科書です。東京大学産学協創推進本部が10年以上にわたり起業支援をしてきた過程で得た経験則を、分野ごとにまとめた内容になっています。例えば「大企業とスタートアップ」「日本とシリコンバレー」「融資と出資(デットとエクイティ)」といった論点をフェアな視点から比較し、類似点と相違点について解説しています。
経営の分野の初心者でも読みやすいよう、基本的なビジネス用語について丁寧に説明しているところも特徴です。ベンチャーに関する書籍を読む前に手に取るとよい、大学生や若手社会人向けの本です。
『社長のお金の基本』
2年前にも取り上げた『あなたの会社のお金の残し方、回し方』の著者の、2019年3月の新刊です。ご自身の実体験をもとに、金融機関との付き合い方の作法、言ってはいけない言葉、交渉する際の方法論が紹介されています。経営者や財務担当者向けの書籍です。
スタートアップのファイナンスにおける落とし穴とその回避方法
Kirsty Nathoo氏がStartup Schoolにて講義した内容が、FoundXのWebサイトにて翻訳されています。スタートアップが資金を管理するにあたって注意を要する指標について、具体的な数値を示しながら解説しています。「CFOをいつ雇うべきか」という質問に対する回答は大いに同意するところであり、投資家や金融機関との交渉を煩わしく感じてしまう経営者に対する戒めだと考えます。
『御社の寿命』
2015年発行の本ですが、信用調査の際に参考とする帝国データバンクの評点がどのようなプロセスを経て算出されているのか、平易に紹介されている新書です。老舗企業の経営者のインタビューも掲載されていて、経営者が読んでも若手社会人が読んでも興味深い内容となっております。
『現代語訳 銀行業務改善隻語』
昭和2年(1927年)に書かれた本。銀行員向けの書籍ですが、生業としてお金を取り扱う者の心構えが説かれていると捉えます。立ち居振舞いに関する記述だけではなく、企業やビジネスパーソンを見る際の知恵がふんだんに盛り込まれています。
余談ですが、読み進めると戦前の知識人の語彙力に圧倒されます。勉強不足を痛感いたしました。
参考文献は以上です。今年はデットファイナンスを巡る最新情報の提供と過去の連載内容の補足説明を中心に、3カ月間連載させていただきました。2020年も引き続き、不定期ながら書き続けたいと思っております。お読みいただきありがとうございました。
執筆者プロフィール:千保 理(せんぼ ただし)
株式会社情報基盤開発CFO(最高財務責任者)
ロンドン日本人学校中学部、東京学芸大学教育学部附属高等学校、東京大学経済学部経済学科を経て、東京大学大学院経済学研究科修士課程企業・市場専攻修了。専門は企業金融(コーポレート・ファイナンス)。生命保険会社のシステム子会社にて勤務した後、東京大学発IT系ベンチャー企業である株式会社情報基盤開発にCFOとして参画。財務と広報を兼務し、融資を受けた金融機関向けに経営状況を伝えるデットIR(Investor Relations)と、報道機関を介して社会全体へ情報発信するPR(Public Relations)を担う。Microsoft Innovation Award 2015にて、株式会社情報基盤開発のデータ入力業務支援ソフトウェアAltPaperが優秀賞を受賞した際のプレゼンター。未上場企業の融資による資金調達を得意としており、弥生株式会社やベンチャーキャピタルが主催する起業家向けの財務経理セミナーの講師を務めている。著書(共著)に千保理・滝琢磨・辻岡将基『~事業拡大・設備投資・運転資金の着実な調達~ベンチャー企業が融資を受けるための法務と実務』(第一法規、2019)がある。