前回は令和元年度の制度融資について例を紹介いたしました。今回は、融資を実行する際の金融機関側の貸倒引当金について説明いたします。
銀行をはじめとした金融機関は、融資を実行するにあたり与信費用を負担します。与信費用は、言い換えれば資金の貸出先が倒産する場合に備えるためのコストです。具体的には貸倒引当金繰入の勘定科目が与信費用に該当します。融資を申し込む企業の業績が金融機関の与信費用に与える影響について、知ることは重要です。まずは貸倒引当金について整理します。
金融機関ではない事業会社の貸倒引当金は、いわゆる掛け売り(ツケ)で販売した商品・サービスの代金を回収できないケースに備えて積み立てる資金です。貸倒引当金繰入の勘定科目を用いて費用計上し、貸借対照表の貸倒引当金に資産計上します。貸倒引当金として繰り入れた費用を税務上損金算入できる企業は限定されており、銀行や保険会社のほか、資本金の額等が1億円以下の中小企業が対象となります。中小企業のうち、大法人との間に完全支配関係がある会社は除かれます。詳しくは国税庁のWebサイトを参照してください。
金融機関の貸倒引当金は2つのタイミングで計上されます。1つめは、融資の実行時です。貸出先の企業の評価に応じて、積み立てる金額の割合が決まります。公表されている2018年度の銀行の決算資料から、実際の比率をピックアップします。
表中に「正常先」「要注意先」という用語があります。財務状況、資金繰り、収益力等により、融資を受けた企業の返済能力を判定する「債務者区分」という考え方があり、評価が高いものから低いものへと順番に並べると「正常先」「要注意先」「破綻懸念先」「実質破綻先」「破綻先」があります。ここでは「正常先」と「要注意先」だけを抜粋しています。
正常先に対する1,000万円の融資を考えた場合、表中で最も引当率の高い銀行でも0.11%ですから、融資の実行時に貸倒引当金を11,000円繰り入れる計算になります。貸出利息が短期プライムレートの1.475%だとすれば、銀行の1年間の金利収入は147,500円となり、差し引き136,500円の粗利を取ることができます。融資を受けた企業が正常先である限り、つまり、決算が黒字で返済や金利支払いの延滞がない限り、貸し手の金融機関に問題はありません。新規に融資を申し込んで実行を受けた場合は、ほぼ正常先と見なしてよいはずです。
では、融資期間中に借り手の企業の業績が赤字へ転落するとどうなるでしょうか。貸倒引当金が計上される、2つめのタイミングが訪れます。直近決算が赤字となった場合、債務者区分はほぼ要注意先となります。貸し手が債務者区分の変更を認識した時点で、貸倒引当金が積み増されます。表中で最も引当率の上り幅が大きい銀行では、正常先と要注意先との間に5.84%もの差があります。融資残高が1,000万円あれば、貸倒引当金を追加で584,000円繰り入れます。単年の利息収入では賄えない費用が計上されるので、当該融資契約から得られる金融機関側の収支は赤字となります。経営状況が改善されない限り、その後の追加融資は絶望的と言えるでしょう。
企業が毎年資金を借り換え続ける環境を整えるためには、毎年黒字を計上することが求められます。換言すれば、毎年納税して純資産を積み増し財務状況を改善し続けることが、資金を返済する力である信用力の強化に繋がります。過度の節税対策で赤字の状況を作ることは、信用力の低下を招くので注意が必要です。
なお、金融機関内に積み立てられた貸倒引当金は約定弁済が進むごとに返済金額に応じて取り崩され、貸倒引当金戻入益として収益認識されます。
【参照した資料のリスト】
・三菱UFJフィナンシャル・グループ 2018年度決算説明会
・コンコルディア・フィナンシャルグループ 2019年3月期 決算短信
金融機関側の貸倒引当金についての解説は以上です。次回はデットファイナンスとエクイティファイナンスの使い分けについて考えます。
※写真と本文は関係ありません
執筆者プロフィール:千保 理(せんぼ ただし)
株式会社情報基盤開発CFO(最高財務責任者)
ロンドン日本人学校中学部、東京学芸大学教育学部附属高等学校、東京大学経済学部経済学科を経て、東京大学大学院経済学研究科修士課程企業・市場専攻修了。専門は企業金融(コーポレート・ファイナンス)。生命保険会社のシステム子会社にて勤務した後、東京大学発IT系ベンチャー企業である株式会社情報基盤開発にCFOとして参画。財務と広報を兼務し、融資を受けた金融機関向けに経営状況を伝えるデットIR(Investor Relations)と、報道機関を介して社会全体へ情報発信するPR(Public Relations)を担う。Microsoft Innovation Award 2015にて、株式会社情報基盤開発のデータ入力業務支援ソフトウェアAltPaperが優秀賞を受賞した際のプレゼンター。未上場企業の融資による資金調達を得意としており、弥生株式会社やベンチャーキャピタルが主催する起業家向けの財務経理セミナーの講師を務めている。著書(共著)に千保理・滝琢磨・辻岡将基『~事業拡大・設備投資・運転資金の着実な調達~ベンチャー企業が融資を受けるための法務と実務』(第一法規、2019)がある。