前回は、融資の申込時に提出する書類のうち、経営計画の作成方法について解説しました。今回は、第8回で触れた「紐付き融資」を申し込む際の添付資料について例示します。
「紐付き融資」を申し込む際の添付資料
発電所建設のような大規模で長期にわたる案件に対する融資は「プロジェクト・ファイナンス」と呼びますが、期間の短いコンパクトな業務に対する融資は「紐付き融資」と言います。業務委託契約書(受託契約書)に付随する資金調達という意味合いです。
ITシステムの受託開発や大掛かりな機械の受注生産のように、3カ月・半年・1年といった期間を必要とする仕事を請け負う際、人件費・外注費・材料費等の先出しの経費が発生します。顧客へ前金を出していただけるか交渉することも考えられますが、融資で必要資金を賄うこともできます。資金調達して仕事を進め、顧客へ商品を納品し、売掛金を回収して返済に充てるという流れです。
金融機関へ紐付き融資を申し込む場合に提出する資料のうち、最も重要なものは顧客と締結した契約書です。代金を請求する権利について契約で縛っていることを、契約書のコピーを提出して明示します。口約束や慣例は通用しません。第三者の視点で業務の内容を確認できることが求められます。発注書や発注請書といった書面でも構いません。企業間でやり取りされる公式文書として発行されたものを準備します。
紐付き融資で調達できる金額の上限は受注金額(売上高)になりますが、融資の基本的な考え方は「必要な資金を必要なだけ貸す」ことですから、必要な経費に見合った金額を借りることになります。業務を遂行して利益が出ることが前提です。
裏を返せば、請けた業務が赤字にならないことを証明する必要があり、費用構造について資料をまとめることになります。社外へ発注するものがあれば見積書を取りますし、社内の人件費については業務を遂行する組織体制をもとに積算します。納期遅延も費用増加の原因となりますので、予防策・リカバリー策について説明できるように併せて準備します。
申し込むタイミングについては、契約書の締結後に動くと融資の実行(着金)がプロジェクトに間に合わないケースが出てきます。顧客と契約交渉している段階から、金融機関側へ事前相談するとよいでしょう。上記を踏まえて、金融機関へ提出する資料のサンプルを例示します。
(1)事前相談時資料 サンプル
●タイトル
2019年 A社業務システム受託開発(機能追加)プロジェクトについて
●概況
弊社が2010年より関与しているA社業務システムについて、A車より2019年に実施するプロジェクトについて打診あり。
●進捗状況
●開発体制および資金使途
弊社社内エンジニア3名の体制で実施する予定。外部委託なし、機器購入なし。
月当たり人件費は残業代込みで140万円の見込み。
●利益計画
●資金計画
2019年12月までに先出しの資金が1,260万円発生する見込み。入金は最遅で2020年2月。
作業工数が計画をオーバーするケースも考えられるが、追加要員1名投入すれば収まる範囲と想定している。
システム開発業務受託契約の締結を前提に、運転資金の融資での調達を検討したい。
(2)融資申込時資料 サンプル
●タイトル
2019年 A社業務システム受託開発(機能追加)プロジェクトについて
●概況
弊社が2010年より関与しているA社業務システムについて、A車より2019年に実施するプロジェクトについて打診があり、システム開発業務を受託した。
●進捗状況
●開発体制および資金使途
弊社社内エンジニア3名の体制で実施する予定。外部委託なし、機器購入なし。
月当たり人件費は残業代込みで140万円の見込み。
●利益計画
●資金計画
2019年12月までに先出しの資金が1,260万円発生する。入金は最遅で2020年2月。
作業工数が計画をオーバーするケースも考えられるが、追加要員1名投入すれば収まる範囲と想定している。
運転資金の融資をお願いしたい。
(1)事前相談時資料と(2)融資申込時資料は共に、A4用紙1枚程度でプロジェクトの全体像を描けば充分です。商談を進めている段階で金融機関側へ提出するのが(1)事前相談時資料、契約が決まった段階で提出するのが(2)融資申込時資料です。(1)と(2)の間の期間においては、電話等で進捗状況を報告することが多いです。
「進捗状況」「開発体制および資金使途」「利益計画」について情報をまとめる際は、資金繰りに関わる部分にフォーカスして、箇条書きでシンプルに表現するかたちで構いません。「資金計画」の項目で、融資を申し込む側の結論として資金がいくら必要なのか、意見を表明します。これらの資料に契約書のコピーを添えて、金融機関側の融資の審査を受けることになります。追加の資料を求められた場合は、随時対応すれば大丈夫です。
「紐付き融資」を申し込む際の添付資料の説明は以上です。次回は当座貸越について紹介いたします。
※写真と本文は関係ありません
筆者プロフィール: 千保 理(せんぼ ただし)
株式会社情報基盤開発CFO(最高財務責任者)
ロンドン日本人学校中学部、東京学芸大学教育学部附属高等学校、東京大学経済学部経済学科を経て、東京大学大学院経済学研究科修士課程企業・市場専攻修了。専門は企業金融(コーポレート・ファイナンス)。生命保険会社のシステム子会社にて勤務した後、東京大学発IT系ベンチャー企業である株式会社情報基盤開発にCFOとして参画。財務と広報を兼務し、融資を受けた金融機関向けに経営状況を伝えるデットIR(Investor Relations)と、報道機関を介して社会全体へ情報発信するPR(Public Relations)を担う。Microsoft Innovation Award 2015にて、株式会社情報基盤開発のデータ入力業務支援ソフトウェアAltPaperが優秀賞を受賞した際のプレゼンター。未上場企業の融資による資金調達を得意としており、弥生株式会社やベンチャーキャピタルが主催する起業家向けの財務経理セミナーの講師を務めている。著書(共著)に千保理・滝琢磨・辻岡将基『~事業拡大・設備投資・運転資金の着実な調達~ベンチャー企業が融資を受けるための法務と実務』(第一法規、2019)がある。