前回は、金融機関とのコミュニケーションについて説明しました。今回は、金融機関が理解しやすい決算書を作るための経理のポイントについて解説します。
専門的な用語になりますが「経理自由」という概念があり、認められている範囲内で、企業は自社に最適な会計処理を選択することができます。例えばAWS(Amazon Web Services)を利用している場合、通信費として計上するのか、それとも支払手数料として計上するのか、使用する勘定科目は各企業の判断に委ねられています。
同じ勘定科目でも、会社毎に内訳は異なります。A社の支払手数料の内容と、B社の支払手数料の内容が、全くの別物である可能性すらあるのです。金融機関が計算書類を見て企業の経営状況を判断する際、細かい仕訳の切り方が重要なのではなく、事業構造が読み取りやすいか否かがポイントになります。
ここでは、主な考え方を3つ紹介します。(1) 商品・サービスの原価が把握できること、(2) 経営者の判断で止めることができそうな経費がいくらか把握できること、(3) 1年以内に返済する資金がいくらか把握できること。順番に整理していきます。
(1) 商品・サービスの原価が把握できること
ある信託銀行の担当者にヒアリングした際、「スタートアップ企業の財務諸表は、分析しても収益構造が判りづらい。事業の成長性を判断するにあたって、経営者の人物評価に頼らざるを得ない」とコメントをいただきました。具体的には、売上高=売上総利益となっており、販売費及び一般管理費に全ての経費が計上されている状態の会社が多いということです。税を計算するだけでしたら問題は少ないかもしれませんが、企業の外部から資金を入れるには厳しいと言えるでしょう。
利益が出る商品・サービスなのか損益計算書上で分かりやすく表現するために、仕訳を切る段階から、例えば人件費に関する勘定科目を売上原価側と販売費及び一般管理費側の双方に振り分けておく等、工夫をしていきます。商品・サービスを生産すればするほど赤字が拡大するようでは、融資は望めません。売れさえすれば利益が出るのかどうか、確認が必要です。
売れば利益が出るのであれば、どう販売するのかが焦点となります。融資を申し込んで経営方針を説明する際、薄利であっても大量に販売することで利益を積み上げます、もしくは、利鞘が薄くても1取引あたりの金額が大きいので販売組織はコンパクトです等、ストーリーを語ることがあると思います。費用構造を詳細に把握して論拠をしっかり提示できれば、自信を持って金融機関とコミュニケーションすることができます。
(2) 経営者の判断で止めることができそうな経費がいくらか把握できること
経営方針として、利益が出たときに賞与を支給するという会社は多いと思います。話を単純化すると、賞与を支給した年度の人件費に関する勘定科目は「給与手当」と「賞与」、支給しなかった年度の人件費に関する勘定科目は「給与手当」のみとなります。このようなケースでは、「賞与がいくらになるのか期末までわからない」「賞与をいくら払いたいのか、経営者の意思が損益計算書上からは伺えない」という課題があります。
対応策として、「賞与引当金繰入」と「賞与引当金」の勘定科目を活用して、財務諸表上に予定(経営者の腹積もり)を埋め込むことができます。「現在は賞与を支給する予定ですが、万一業績が悪化した場合は取りやめます」「取りやめた場合は、資金を他の用途に回せます」と金融機関へ説明しやすくなるのです。注意点として、税務上の取扱いが複雑になるので、税理士・公認会計士のチェックを受けることをお薦めいたします。
また、業績の下降局面でどこまで人件費を絞れるのか目安を提示するために、臨時の従業員であるパートやアルバイトの人件費は「雑給」の勘定科目を利用する、という考え方もあります。「給与手当」の勘定科目で大くくりに扱うことも多い人件費ですが、少し手を加えることで説明力が向上します。削減しづらいコストがいくらで、段階的に調整できるコストがいくらか、分かりやすく表現することが肝要です。
(3) 1年以内に返済する資金がいくらか把握できること
事業が順調に拡大して複数の融資契約が同時に実行されている状況となれば、1年以内に返済する金額がいくらか、正確に把握する必要が出てきます。その際、「長期借入金」の取り扱いがポイントになります。融資が一括返済であれば考え方はシンプルなのですが、分割返済の場合は毎月出金することになるので、「1年以内返済長期借入金」として固定負債から流動負債へ振り替えて、補正をかけます。
負債の内訳は財務計画を立てるための重要なインプットとなるので、貸借対照表上でも常に確認できるようにします。「来年度は融資の返済で現預金が減るから、資金を補充しなければならない」というような計算も、仕訳を切る際に一手間かけることで容易になります。
金融機関が理解しやすい決算書を作るための経理のポイントについての説明は以上です。次回は、立てた予算に自信を持つためにすることについて解説します。
※写真と本文は関係ありません
執筆者プロフィール:千保 理(せんぼ ただし)
株式会社情報基盤開発 CFO(最高財務責任者)
ロンドン日本人学校中学部、東京学芸大学教育学部附属高等学校、東京大学運動会バドミントン部を経て、東京大学大学院経済学研究科修士課程企業・市場専攻修了。専門は企業金融(コーポレート・ファイナンス)。生命保険会社のシステム子会社にて勤務した後、東京大学発IT系ベンチャー企業である株式会社情報基盤開発にCFOとして参画。Microsoft Innovation Award 2015にて勤務先が優秀賞を受賞した際のプレゼンター。融資による資金調達を得意としている。