前回は赤字の状況下で融資を受けるための条件について説明いたしました。今回は予算の立て方、特に費用計画の立て方について解説します。
事業を継続していくなかで、予期しなかったこと、想像していなかったことは必ず発生します。事故は起きるのです。気づいていなかった急な出費は、誰しもが避けたいと思うことでしょう。抜け漏れを可能な限り事前に防ぐための手順を整理していきます。
(1) チェックリストを活用して、計画に不足している箇所がないか確認する
「アントレ」という季刊誌があります。独立開業を目指す人が読む雑誌なのですが、巻末付録の独立準備スーパーガイドが充実しています。特に「資金計画の立案」のフォーマットが秀逸で、事業開始時に予算面で考慮すべき内容が網羅されています。
リスト内の各項目を穴埋めしていくことで、チャレンジしたい事業に必要な物資は何か、特定していくことが可能です。もちろん、営む事業の独自性や特異性の視点から、リストを補うことも重要です。カスタマイズを忘れないようにしましょう。
(2) 相場を調べる
(1)の手順で洗い出した各々の経営資源について、必要な数量を割り出し、価格を調査します。基本的には販売元へ依頼して見積もりを取っていく作業になりますが、公開情報を参考にすることもできます。例えば正社員の人件費について知りたい場合、DODAのWebサイトに掲載されている平均年収ランキングが便利です。
募集したい職種と年齢を選択すれば、年収の相場が判ります。派遣スタッフの時給の相場を知りたい場合は、日本経済新聞で定期的に報道されているので参考になります。理想の組織図(体制図)を作成して、ポジション毎に人件費を積算していきます。採用コストも雇いたい人数分、予算に積みます。広告出稿や紹介手数料などです。
注意点として、労働法規に違反しないよう、予定している営業日・営業時間を考慮します。年中無休であれば、従業員は最低でも週に1日休みますから、毎日1人分の仕事しかなくても2人雇うことが求められます。24時間営業の場合は、1日3交代制を導入せざるを得ません。コンプライアンスの視点から、要員計画が破綻していないか検証するようにしましょう。
役員報酬の水準は、頭を悩ませるところだと思います。業績を気にして低報酬にすれば、融資を検討する際に金融機関から「個人保証をつけても返済原資が役員の手元に残っていないかもしれない」「利益を水増ししていて、財務諸表の内容が経営の実態から乖離している」と、嫌疑をかけられる可能性が残ります。ビジネス雑誌で社長の年収に関する特集が時折組まれるので、適正な水準を探るために参考にするとよいでしょう。
事業所を構える不動産については、従業員1名あたりに必要な坪数の計算が肝になります。不動産の仲介会社へ尋ねれば教えていただける内容ですし、様々なWebサイトで数字が公表されています。オフィスを新しく開く際に必要な経費についても、一定の相場が存在します。積極投資をしたいのか、節約指向なのか、意思決定をして予算額を決めるとよいでしょう。忘れやすいのは、オフィスを引き払う際の費用です。入居時に退去費用の見積もりを取ることができますので、施工会社へ相談することをお薦めします。オフィスに関する相場については、株式会社ヒトカラメディアのWebサイトにわかりやすく紹介されています。
物品の価格は通販サイトや価格比較サイトを利用して容易に調べることができますが、自動車のような資産の購入を検討する場合は、リースの方が支払総額ベースで安くなることがあります。また、私はメーカー直販の在庫処分セールにて、定価の9割引きでオフィス機器を購入した経験があります。手数はかかりますが、念のため販売店へ直接問い合わせることも重要です。建設現場で使用する資材について調べたい場合は、書店で売られている積算資料が便利です。
物品購入時の注意点として、単価を下げるために発注ロットを大きくした場合、保管スペースが確保されているかチェックが求められます。追加で倉庫の手配が必要となれば総コストが高くなることもありますので、発注ロットの適正化は常に意識するようにしましょう。外注が内製より安いとは限らない点についても留意します。詳しく学びたい方は「生産マネジメント入門 II」のテキストがお薦めです。
経費には人数に応じて変動する部分と、人数に関係なく一定の部分があります。例として、トイレットペーパーの消費量は人数に比例するはずですし、蛍光灯の消費本数はオフィス移転しなければ大きく変動しないはずです。立てた費用計画が要員計画と矛盾しないか、見直しが必要です。
(3) 売上計画は想像力を最大限に働かせて作成する
まず、顧客像を考えつく限り列挙します。顧客像の各々について、顧客数・価格・購入量・購入頻度・リピート率等の要素を加味しながら試算をし、数字を積み上げます。パラメータを変更しながらシミュレーションを続けて、売上の振れ幅がどの範囲に収まるのか、おおよその見当をつけるのです。その上で、売上計画と要員計画との関係にズレがないか検算します。目標の売上高を達成するために要求される商談の数を割り出し、想定している営業体制で物理的に捌けるのか、確かめましょう。広告宣伝費についても、同様の視点が求められます。矛盾点が発見されたら、計画を修正します。
上記の手順で売上計画と費用計画を作成して差を取れば、利益計画が出来上がります。コツは、売上は最小に、費用は最大に見積もることです。予測は外れます。外れた場合に利益が増えるのか減るのか判らないようでは、経営者の精神的負担は大きくなりがちです。
売上を保守的に低く見積もることで、売上が伸びる方向にのみ、ズレを限定することができます。費用は大きく見積もることで、予算未執行で利益が出る仕掛けを計画に織り込むことができます。利益が増える方向にズレを誘導することができれば、将来の見込みを立てやすくなると思っています。
予算の立て方についての説明は以上です。次回は融資以外のデットファイナンスについて解説します。
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執筆者プロフィール:千保 理(せんぼ ただし)
株式会社情報基盤開発 CFO(最高財務責任者)
ロンドン日本人学校中学部、東京学芸大学教育学部附属高等学校、東京大学運動会バドミントン部を経て、東京大学大学院経済学研究科修士課程企業・市場専攻修了。専門は企業金融(コーポレート・ファイナンス)。生命保険会社のシステム子会社にて勤務した後、東京大学発IT系ベンチャー企業である株式会社情報基盤開発にCFOとして参画。Microsoft Innovation Award 2015にて勤務先が優秀賞を受賞した際のプレゼンター。融資による資金調達を得意としている。