前回、米国の勤労者にとって確定拠出年金が老後のための資産形成手段の主流となる中で「自動加入」と「自動運用」という2つのガードレールが加わったと書きました。
その背景は、確定拠出年金が持つ、個人が加入や運用を選択できるという長所が、一方では望ましい選択をした人としなかった人との間に老後資産の格差を生じさせるという課題としても認識されるようになったからです。
学術的には、2000年代以降、人間は必ずしも合理的な選択を常にできるわけではないという前提に立った行動経済学の考え方が広まったことも影響しています。行動経済学の知見としてよく知られているのが、選択肢が多すぎたり、その内容が複雑・難解だと認識された場合に、人は選択すること自体を回避したり、先延ばししてしまうという行動回避・現状維持型の行動バイアス(パターン)です。他にも、遠い将来のための貯蓄や投資よりも、目の前の消費が優先されてしまうという近視眼的行動と呼ばれるバイアスも知られています。
米国よりも確定拠出年金の普及が速く進んだ英国
行動経済学の知見や米国の経験を積極的に取り入れたのが英国でした。英国では20年以上前から一部の企業において確定拠出年金が採用されていましたが、近年急速に確定給付型からの移行が進み、現在では代表的な上場企業100社(FTSE100、ロンドン証券取引所上場企業のうち時価総額上位100社)のうち、新規採用の社員が確定給付型の企業年金に加入できるプランはゼロ(2006年時点では35%)となっています。つまり、米国よりも速いスピードで確定拠出年金の普及が進んだことになります。
何よりも英国で特筆すべきは、長年の議論と検討の末、政府として公的年金ではなく私的年金(実態としては確定拠出年金)を発展させることで国民の老後資産形成を促していくという明確な方針が出され、矢継ぎ早に様々な制度設計や政策立案が行われた点です。
その一つが2012年10月に始まった私的年金への自動加入制度です。これは会社勤めをしている英国の勤労者が私的年金(大半が確定拠出年金)に加入できる(加入を希望しない個人は自ら意思表明をした上で加入しないことも可能)よう政府が企業に対応を求めたもので、全ての企業、勤労者を対象にしたという点で米国よりももう一段進んだ「自動加入」と言えます。
ただし、規模の小さい企業ほど対応に時間やコストがかかることに配慮し、大企業から段階的に適用するという形がとられました。また、NEST(National Employee Savings Trust、国家雇用貯蓄信託)という、企業に雇用されている勤労者であれば誰でも加入できる確定拠出年金制度を立ち上げ、自力では企業年金制度の運営が難しい中小企業などに対しては、従業員をそのNESTに加入させる義務を課しました。資産運用についても米国の「自動運用」の知見を応用した初級者向けのおまかせファンドが提供されています。
日本で確定拠出年金の行動バイアスが顕著なのは資産配分
人に現状維持や近視眼的行動といった様々な行動バイアスが働くことは何も米国や英国に限った話ではなく、日本にも当てはまるだろうことはきっと皆さんもお分かりだと思います。
日本の確定拠出年金において、行動バイアスが最も顕著に表れているのは資産配分です。統計によれば、2015年3月末時点の確定拠出年金(企業型)の資産配分は預貯金35%、保険19%、投資信託等が46%(国内株式型14%、国内債券型5%、外国株式型8%、外国債券型4%、バランス型14%等)となっています。預貯金、保険は共に元本確保型商品と呼ばれ、基本的には元本割れしないものの適用される金利が低いため、長期で見た場合資産の成長はあまり期待できません。投資信託は元本保証はない代わりに、長く保有することで資産の成長が期待できる金融商品です。
ここで日、米、英の確定拠出年金の資産配分を比較してみると、日本では元本確保型への配分が突出して高いことが見てとれます。この背景には期待インフレ(物価の上昇)率の違いも影響しています。すなわち、日本のように20年以上にわたってデフレ(物価の下落)が続いてきた市場では資産を預貯金で持つことは間違っていないからです。
逆に恒常的にインフレが続いてきた米国や英国では、自国の株式や海外の株式に全資産を配分する個人が少なくありませんでしたが、リーマンショックや欧州債務危機による市場の乱高下を経て、最近は株式のみによる運用ではなく、債券を加えるなど、もう少しバランスのとれた運用が志向されるようになりました。米国や英国で普及した「自動運用」はすなわち、極端に株式に偏っていた個人の運用を、個人の年齢等に応じたバランスのとれた運用にシフトさせていくための工夫だったわけですが、日本においては今後、株式や債券への配分が過度に少ない個人の運用を、どのようにバランスのとれた形に改善していくかを考える必要がありそうです。
「日本、米国、英国の確定拠出年金の資産配分」(出典: 運営管理機関連絡協議会『確定拠出年金統計資料(2015年3月末)』、米国投信協会、FTSE100平均資産配分よりフィデリティ投信作成/日本は2015年3月末、米国は2013年12月末、英国は2012年12月末時点) |
次回は、実際どのように確定拠出年金の資産配分を行っていけばよいのか考えてみましょう。
筆者プロフィール:本庄洋介
フィデリティ投信 法人/年金ビジネス本部 シニアマネージャー。2006年フィデリティ投信入社。確定拠出年金を含む法人/年金業務全般に携わる。2014年にはフィデリティ・インターナショナルのロンドン拠点に駐在し、英国の確定拠出年金市場の調査に従事。京大院卒。公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。1級DCプランナー。
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