会社に就職すると、学生時代とは比べものにならないくらい「責任」という言葉に接する機会が多くなります。「学生と社会人の違いは、責任の違いだ」という持論を展開する人に以前遭遇したことがありますが、これはある側面においては事実だと言えるかもしれません。会社で働くということは、労務を提供してその見返りとして給料をもらうことなので、もらってる給料にふさわしいだけの労務をきちんと提供する責任が生じます。割り当てられた仕事を放り投げてサボってばかりいたとしたら、「無責任だ」と批難されるてもしかたがないでしょう。

もっとも、この「責任」はどこまでも背負わなければならないものではありません。経営者ならともかく、一介の雇われ従業員の立場であれば、少なくとも給料にふさわしいだけの労務を提供すれば十分に責任は果たしていると言えます。巷では「社会人は自分の責任をしっかり果たさなければいけない。学生気分ではダメだ」ということを言う人が多いですが、僕の見た限りでは、ほとんどの人は給料にふさわしいだけの責任を十分に果たしています。むしろ、本来であれば背負わなくてもよいはずの責任を背負いすぎて、それでつぶれかけている人のほうがはるかに多いのではないでしょうか。

失敗した新規事業に関わっていた友人の話

例えば、僕の大学時代の友人にこんな人がいます。彼はとあるインターネット系の会社に就職したのですが、入社時からずっと新規事業に関わりたいという思いを抱いていました。思いが通じたのか、入社して数年後についに新規事業の立ち上げを行う部署に異動になります。希望が叶った彼はそこで精いっぱい働きました。

そしていよいよ新規サービスがリリースされる日が来たのですが、いざリリースしてみると初動の数字は計画を大きく下回り、半年ほどさまざまなテコ入れ策を試したものの効果がなく、結局そのプロジェクトは解散することになりました。

ここまではまあよくある話だと思うのですが、問題はその彼が新規事業の失敗に大きな「責任」を感じていたことです。彼は何度も何度も「会社に申し訳ない」と言っていました。自分が関わったサービスが失敗したことを残念に思う気持ちはよくわかるのですが、「会社に申し訳ない」とまで思ってしまうのは、明らかに行き過ぎです。

新規事業に失敗しても従業員に責任はない

そもそも、新規事業の成功・失敗は、現場の働き以上に経営者の意思決定によるところが大きいものです。そういう意味では、失敗の責任は従業員ではなく経営者にあると言えます。現場の従業員は、経営者が立てた方針に従って自分たちがなすべき仕事をしていた以上、責任は十分に果たしています。彼も仕事をサボっていたというならともかく、立ち上げのために精いっぱい働いていたわけですから、「会社に申し訳ない」などと責任を感じる必要性はまったくありません。

経営者が背負うべき責任を従業員が背負ってしまうと、働き方は容易にブラック化します。彼の場合も、部署異動後はほとんど休みも取らずに、ひたすらその新規事業に尽くしていたそうです。このように過度に責任を背負い込む社員がいることは経営者から見れば都合がいいでしょうが、従業員の側から見れば得はほとんどありません。実際、彼の同僚でもリリース後の炎上に耐え切れずに、休職や退職を余儀なくされた人が何人かいたようです。別に新規事業の立ち上げに成功したところで儲かるのは自分ではなく会社なのですから、自分の責任の範囲を一歩引いて見極める姿勢は持っておきたいところです。

有休を取ることも「責任感がない」ことではない

他の例だと、「責任」を感じすぎてしまって有給がまったく取得できないという人を見ることがあります。「自分が休んでしまったら、仕事がまわらなくなってしまう」と思ってしまうのです。

これも、必要以上に責任を背負いすぎてしまっています。仮に、誰か1人が休んだぐらいで仕事がまわらなくなってしまうとしたら、それは休んだ人が悪いというよりも、そのような人員配置や組織づくりを行った経営者や上司の責任です。繁忙期があって一時的に休めない時期が出てくるというのであればともかく、仕事がまわらなくなることに責任を感じて一年中休むことができないというのであれば、それは責任の背負いすぎです。会社が果たすべき責任を果たしていないという問題を、個人の責任に還元してしまうと、状況は一向に改善しません。

背負い込む責任には必ず一線を設ける

「社畜」のような働き方に陥ってしまっている人の中には、責任感が強すぎるという人が多くいます。責任感が強いことは普通は長所ですが、必要以上に責任を背負うことを強要される日本の会社では弱点にもなりえます。

背負い込む責任には必ず一線を設け、会社が背負うべき責任まで個人で背負ってしまわないように気をつけましょう。それが結果的に、自分を守ることにつながります。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。

(タイトルイラスト:womi)

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