投資の初心者が知っておくべきこと、勘違いしやすいことを、できるだけ平易に解説しようと思います。為替レート、株価、金利など、過去の相場を知ることは投資判断に役立つはずです。今回は、前回に続いて1995年以降の米ドル円相場を振り返りましょう。相場の方向感が定まらない時代と呼べるかもしれません。
前回お伝えしたように、1973年の変動相場制への移行から1995年春までの期間は、日本経済の台頭と日米貿易不均衡の拡大を背景に、1980年代前半を除けばほぼ恒常的に米ドル安・円高圧力が生じました。
1995年4月に初めての80円割れを示現
1995年4月、米ドル円は一時80円割れとなり、(当時)過去最高の円高水準を示現しました。直後のG7(主要先進7カ国)の蔵相・中央銀行総裁会議で、「(米ドル安の)秩序だった反転が望ましい」との声明が出され、さらには米ドル安是正のための国際協調介入や、日本の対外投資促進策(円安要因)などもあって、米ドルは反転上昇しました。
ジャパン・バッシングからジャパン・パッシングへ
1990年代後半以降、日米貿易摩擦は急速に鎮静に向かいました。貿易摩擦が終息した最大の背景は、日米経済の勢いが逆転したことです。バブル崩壊の後遺症に苦しむ日本経済は凋落し、1997年に山一証券や北海道拓殖銀行が破たん、1998年には日本債券信用銀行や日本長期信用銀行が破たんするなど、金融危機も経験しました。その一方で米国経済はIT革命によって劇的な復活を遂げたのです。
もはや、日本は米国の経済的脅威とみなされず、「ジャパン・バッシング(日本叩き)」に代わって、「ジャパン・パッシング(日本素通り)」や「ジャパン・ナッシング(日本は何でもない)」といった言葉も聞かれた時代でした。
キャリートレードで大幅な米ドル高円安へ 1997年に入ると、米ドル円は1ドル=120円を超えて上昇。同年5月に始まったアジア通貨危機でいったん円高に振れたものの、すぐに米ドル高円安基調に戻り、1998年6月には1ドル=147円近辺に達しました。信用不安が高まった日本の金融機関は外貨調達に際して通常より高い金利、いわゆるジャパンプレミアムを払うことに。対する外国の金融機関は有利な条件で円資金を調達することができました。そして、調達した円資金で外国資産に投資する、いわゆるキャリートレードを活発に行いました。それが一層の円安を招く結果となったのです。
米大手ヘッジファンドの破たんで急激な円高も
その後、1998年8月にロシアの国債がデフォルト(債務不履行)し、その影響で米国の大手ヘッジファンドLTCMが破綻すると、今度はキャリートレードが一気に巻き戻されて急激な米ドル安円高に。同年10月上旬には米ドル円の1日の変動幅が10円を超えることもありました。
IT株バブル崩壊で円安・リーマン・ショックで円高
2000年以降になると、米ドル円はザックリと1ドル=100円から120円を中心とするレンジ内での推移となりました。レンジを外れたのは、主に次の2つの局面です。
1つは2002年初めで、IT株バブル崩壊からの日本経済の回復が遅れたことで、短期間ですが1ドル=135円近い米ドル高円安になりました。
もう1つは、リーマン・ショック、米財政危機に欧州債務危機が重なった2008年後半から2013年初めです。世界経済は未曾有の危機に見舞われ、リスク回避的な動きと日本のデフレ進行により2011年10月には1ドル=75円台まで米ドル安円高が進行しました。
その後、2012年12月の第二次安倍内閣の発足と翌年3月の黒田日銀総裁の誕生によって、思い切った円高是正措置が取られ、米ドル円は1ドル=100円台へ。2015年には一時125円台へと上昇しました。
現在の米ドル円は居心地の良い水準か
ここ数年をみると、2016年の英国国民投票でのブレグジット(EU離脱)の決定、トランプ大統領の誕生と対外強硬姿勢、米FRBのアグレッシブな利上げと利下げ転換(の予想)など、為替相場の材料には事欠きませんが、米ドル円は概ね上述した1ドル=100円から120円のレンジで推移しています。
本稿執筆時点(7月10日)の米ドル円は1ドル=109円程度で、上旬のレンジの中心近くに位置しています。その意味では居心地の良い水準なのかもしれません。