投資の初心者が知っておくべきこと、勘違いしやすいことを、できるだけ平易に解説しようと思います。前回は欧州政治に関連してブレグジット(英国のEU離脱)を取り上げました。

今回は米国政治に関するトピックスを取り上げます。ここにも金融市場の潜在的なリスク要因は存在します。

  • 米政府シャットダウンの問題は?

2度目のシャットダウンは回避へ!?

米国で昨年12月22日から今年1月25日まで35日間、シャットダウン(政府機関の一部閉鎖)が発生しました。昨年10月1日に始まった2019年度の連邦予算の一部が成立せず(※1)、加えて「つなぎ」の暫定予算が期限切れとなったためです。

※1.政府の支出は、社会保障費など自動的に発生するもの(義務的支出と呼びます)を除き、12本の歳出法案で支出額が決まります(それらを裁量的支出と呼びます)。2019年度については、12本の歳出法案のうち国防やエネルギーなど5本は昨年9月に成立しましたが、残り7本が成立しませんでした。

暫定予算が期限切れとなった後、新しい暫定予算が成立しなかったのは、メキシコ国境の「壁」の費用を予算に含めるよう要求するトランプ大統領と、それを拒否する民主党が対立したためです。

1月25日に合意された新たな暫定予算は、2月15日までの短期間のものでした。そして、2月11日、議会幹部は改めて予算案で合意しました。トランプ大統領は、「壁」の費用がほとんど含まれなかったことに不満を表明しましたが、これを受け入れる意向です。そのため、15日からの2度目のシャットダウンは回避される見通しです(本稿執筆時点で予算は未成立)。

シャットダウンの影響は?

シャットダウンが過去最長の35日間続いたことで、経済にも影響は出ました。予算が切れたため、航空管制などの緊急性の高いものを除き、政府の不要不急の業務は停止されました。

連邦職員のうち80万人分の給与支払いが滞りました。予算成立後に、彼らは遡って給与を受け取れるのでまだいいですが、民間企業は政府機関閉鎖のあおりを受けても補償されません。

また、シャットダウンにより、GDPなど一部の経済統計の発表は延期されました(雇用統計は、管掌する労働省の予算が成立していたため、遅滞なく発表されました)。一部の経済指標が発表されなかったので、中央銀行であるFRBや投資家は判断が難しくなりました。

ただ、金融市場はシャットダウンの影響を比較的冷静に受け止めました。予算が成立すれば、事態が平常に戻ることは過去の経験からも明らかだったからです(期間の長さはやや想定外だったでしょうが)。

重要な課題はデットシーリング

もっとも、今回のシャットダウンは、金融市場にとってワシントンの政治が潜在的なリスクであることを改めて示しました。2020年秋の大統領選挙がそろそろ視野に入るなかで、共和党のトランプ大統領と、下院で過半数の議席を握る民主党との対立はより先鋭化する可能性があります。それは、今年春に始まる次の予算編成に影を落としています。

そして、重要な課題として、デットシーリング(債務上限)があります。デットシーリングとは、連邦政府の債務に法定上限を設けるもので、それを超えて政府が債務を増やすことはできません。

議会がデットシーリングを引き上げない限り、政府は歳入を超えて歳出を増やすことができないだけでなく、国債の利払いなど自然に発生する債務の履行が滞る可能性があります。その場合はデフォルト(債務不履行)であり、金融市場に大きな動揺が走ることになります。米国債は外国政府や外国人投資家によって多く保有されており、その利回り(いわゆる市場金利)は様々な金利や金融商品のベンチマーク(基準)になっているからです。

2011年夏のデフォルト危機

デットシーリングは、政府債務の増加に合わせて、段階的に引き上げられてきました。そのため、過去に米政府がデフォルトしたことはありませんが、議会がデットシーリングを政府との交渉材料に使うことでデフォルトが意識される局面はありました。

最も際どかったのが、2011年のケースです。2011年4月に政府債務がデットシーリングに達しました。当時のオバマ政権は議会にデットシーリングの引き上げを要請しましたが、財政赤字の削減を求める議会はなかなかこれに応じませんでした。

その間、政府は「奥の手」を使って表面上の債務を増やさずにやり繰りしました。そして、万策尽きるとされた8月2日のわずか2日前に議会はようやくデットシーリングを引き上げたのです。

当時、米国のデフォルトが意識されたことで、金融市場は大いに動揺しました。主要株価のNYダウは、デットシーリング引き上げ前後の3週間で15%下落。米ドル円は7月半ばから80円を大きく割り込み、11月には75円台半ばをつけました。

これは現在でも変動相場制移行後の米ドル円の最安値です。さらに、デットシーリング引き上げの5日後には、大手格付け会社1社が米国の格付けを最上級から1段階引き下げました。

3月2日にデットシーリングが復活

現行のデットシーリングは、昨年2月に議会が予算交渉のなかで無効とする措置を取りました。それが今年3月2日に復活します。

米政府は一部の支払いを繰り延べたり、資産を売却したりして、デフォルトを回避する手段を持っています。ただし、そうした「奥の手」も数カ月程度しか続かず、いずれデットシーリングを引き上げなければ、デフォルトが避けられなくなります。議会はデットシーリングと2020年度予算をセットにして検討する可能性もあります。

最終的には議会もデットシーリング引き上げに同意せざるを得ないので、米国がデフォルトする可能性は非常に低いでしょう。しかし、デフォルトの観測が浮上するだけでも金融市場は動揺しかねないので、テールリスク(※2)として留意する必要はあるでしょう。

※2.発生する可能性は非常に低いが、発生した場合にマイナスの影響が大きい事象のこと

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクエア 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして活躍。 2012年、マネースクウェア・ジャパン(現マネースクエア)入社。「投資家教育(アカデミア)」に力を入れている同社のWEBサイトで「市場調査部レポート」「スポットコメント」「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、動画サイト「M2TV」でマーケットを日々解説。