騙されない投資家になるために……。投資の初心者が知っておくべきこと、勘違いしやすいことを、できるだけ平易に解説しようと思います。今回は過去を知ることの重要さです。

数年前の年末セミナーで、ある投資家から「来年、米ドル円が下がるとすれば、どこまでいくでしょうか」と質問されました。

「100円割れもあるかもしれませんね」とお答えすると、「ええっ! そんなに下がるの!?」と驚かれたことがありました。セミナー当時のドル円は120円前後でした。

筆者は基本的に「ドルブル(米ドルに強気)」、というか「円ベア(円に弱気)」なので、「そうなれば、外貨を購入する良い機会になるでしょうね」と付け加えておきました。

  • 過去のドル円の動きを知ること

1990年以降の米ドル円の年間変動幅は?

さて、過去のドル円の動きを知っていれば、その投資家がそこまで驚くことはなかったかもしれません。2000-17年の18年間で、米ドル円の年間変動幅は平均16.04円でした。最も大きかった年はリーマンショックがあった2008年の24.75円でした。

1990年代の10年間でみれば、年間変動幅は平均23.16円で、最も大きかった年は90年の36.45円でした。そして10年のうち6年で変動幅が20円を超えました。

したがって、米ドル円が1年以内に現値から20円下げるケースというのは、それほど珍しくないと言えるのではないでしょうか。

米国のトランプ政権での米ドル高

最近の例として、トランプ政権での米ドル高があります。16年11月の大統領選でトランプ候補が勝利した直後は、ネガティブサプライズとして米ドル安になりましたが、その後、米ドルは上昇しました。もっとも、トランプ大統領の政策だけをみれば、米ドル高を予想するのに無理はなかったかもしれません。

なぜなら、トランプ候補が標榜した「Make America Great Again(アメリカをもう一度偉大に、略称MAGA)」は、減税と財政出動(インフラ投資など)を柱としていました。これは、1980年に当選したレーガン候補の強いアメリカ政策と同じでした。

なにせ、レーガン候補の標語は、「Let's Make America Great Again(アメリカをもう一度偉大にしよう)」だったのだから。

レーガン政権の減税や財政出動(軍備拡張)により、米国の景気は絶好調となり、米ドルは上昇しました。ただし、話はそこで終わりません。レーガン政権下で財政赤字と貿易赤字の、いわゆる「双子の赤字」が拡大して、米ドルは大幅な調整を迫られました。

そして、主要先進国が米ドル高是正に向けて動きだしたのが、1985年9月のプラザ合意でした。

したがって、我々は米ドルの調整がどこかで起こる可能性を意識する必要があるのかもしれません。

トルコリラの歴史

過去を知っても、その使い方を間違うと大変なことになりかねません。一例を挙げましょう。トルコリラ円が50円近辺から40円近くに下落した時に、ある投資家から見通しを聞かれたので、「慎重に考えた方がいい」とアドバイスしました。

すると、その投資家は「でも数年前は100円だったでしょ」と重ねて聞いてきました。どうやらリラをナンピン買い(※)したかったようです。
(※)相場が下落した時に安い値段で買い増すことで、単位当たりの取得価格を引き下げる手法。ただし、期待に反して相場下落が続くと、損失が膨らむことになります。

しかし、その投資家は、リラ円が100円だった時代よりもっと以前のことも知っておくべきでした。

トルコは2005年に100万分の1のデノミを行っています。2005年以前も現行リラに換算して表示すると、リラ円は2010年末52.56円、2005年末87.14円、2000年末171.14円、1995年末1719.43円、1990年末46810.31円でした。

つまり、リラ円は下落の歴史だったことがわかります。したがって、当時40円だったリラが100円になる可能性は、半分の20円になる可能性よりもかなり低いと判断できたはずです。

金利の高い新興国通貨は、インフレのコントロールが難しいこともあって、それだけ主要通貨に対して下落する可能性が高いと考えるべきです。

過去を知れば投資判断に役立つ!?

もちろん、過去の経験が全く同じ形で繰り返されることは、まずないでしょう。しかし、過去を知っているのと、知らないのでは、投資判断に大きな差が出るのではないかとも思います。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクエア 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして活躍。 2012年、マネースクウェア・ジャパン(現マネースクエア)入社。「投資家教育(アカデミア)」に力を入れている同社のWEBサイトで「市場調査部レポート」「スポットコメント」「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、動画サイト「M2TV」でマーケットを日々解説。