投資の初心者が知っておくべきこと、勘違いしやすいことを、できるだけ平易に解説しようと思います。
購買力平価の正しい使い方
前回は、購買力平価、PPP(Purchasing Power Parity)の一例として、ビッグマック指数について解説しました。今回は、もう少し精緻な購買力平価について考えてみます。
購買力平価には、二国間でモノの価格を直接比較する絶対的購買力平価と、基準時点の為替レートにそれぞれの国の物価の変化を反映させて求める相対的購買力平価があります。
絶対的購買力平価の限界
ビッグマック指数は絶対的購買力平価の一種ですが、「適正な」為替レートを一つの商品で決めようというのはさすがに乱暴でしょう。そこで、できるだけ多くのモノやサービスを集めたグループ(「バスケット」と呼びます)を作り、二国間で価格を比較して購買力平価を求めるわけです。
ただし、一国の経済活動を代表するような、意味のある「バスケット」を作ろうとすれば、膨大な労力と時間がかかります。そのため、利用できるデータは限られており、更新頻度が低いという難点があります。
絶対的購買力平価の代表は、IMF(国際通貨基金)が公表しているものでしょう。これは、国連が収集している各国1000項目のデータに基づいています。
もっとも、IMFの購買力平価は、各国の通貨で表されたGDP(国内総生産)などの経済データを比較するための換算レートとして利用されており、「適正な」為替レートを示す意図はありません。
相対的購買力平価の限界
一方、相対的購買力平価は、各国が公表する物価指数を用いるので、比較的簡単に計算することができます。物価上昇率の高い国の通貨が、低い国の通貨に対して下落するのが基本です。物価が上昇しているということは、通貨の購買力が低下していることと同義だからです。
相対的購買力平価は、二国間の貿易収支がある程度均衡している時点を基準とし、それに二国の物価変化率の差を反映させて求めます。
ただし、基準時点をいつにすべきか、判断が難しいかもしれません。何種類かある物価指数のなかで何を用いるかによっても、結果は大きく異なる可能性があります。
また、相対的購買力平価は時系列で求められますが、基準時点から時間が経過するほどそれぞれの国の経済構造は変化しているはずなのに、それが考慮されないという欠点もあります。
相対的購買力平価の具体的な例をみてみましょう(下図)。今年10月の米ドル円の実勢レート(月間平均)は1ドル=112.80円です。購買力平価は、消費者物価ベースが1ドル=122.19円、企業物価ベースが1ドル=96.13円、輸出物価ベースが1ドル=67.65円です。
したがって、米ドル円の実勢レートは消費者物価ベースの購買力平価を下回り(米ドルが割安)、企業物価や輸出物価ベースの購買力平価を上回ります(米ドルが割高)。つまり、割高か割安かの判断は真逆になります。
購買力平価はあくまで目安
結局のところ、前回の冒頭で述べたように、購買力平価は、通貨の異なる二つの国であっても、同じモノが同じ値段で買えるはずだという考えを基本にしています。しかし、実際には、経済構造の違い、規制や文化・嗜好の違い、輸送コストなどを考慮すれば、同じモノが同じ値段で買える必要はないはずです。
つまり、実勢レートが購買力平価に近づかなければならない理由は、実はあまりないことになります。
ただし、多くの投資家が為替レートの判断基準として何らかの購買力平価を参考にしています。そのため、あくまで目安程度には使えるのではないでしょうか。
ビッグマック指数が示す英ポンドの割安
ところで、全くの偶然ですが、先日あるメディアが「ビッグマック指数に基づけば、英ポンドは相当な割安だと判断できる。したがって、英国議会がブレグジット協定案を否決しても(英ポンド安要因)、英ポンドの下落余地は限られる」との趣旨の記事を配信しました。
ところが、日本で翻訳記事が配信された数時間後、メイ首相が勝ち目のない議会採決を延期したため、英ポンドは対米ドルで1.3%下落して、17年4月以来の安値をつけました。
やはり購買力平価と目先の為替相場を関係付けようとすることには無理があるようです。
ちなみに、先の記事で英ポンドより割安だと紹介されたのが日本円でした。日本円は、主要10通貨のなかで最も割安と判断されました。昨今の訪日外国人観光客の急増の陰に、「日本円が割安だから」というのはあるかもしれませんね。