吉本興業と所属するお笑い芸人たちの「闇営業」を発端とする騒動はテレビはもちろん、ウェブ、新聞など多くのメディアで取り上げられています。
ここで素朴な疑問が出てきます。雇用契約を結んだ社員ではないので、芸人がいわゆる闇営業=直営業を行うことは本人の自由ではないのでしょうか? また業務委託契約を結んでいるのに、契約書が存在しない、芸人が自分の報酬をよく知らないというのは、契約を結ぶ企業として法律上の責任を果たしているのでしょうか?
弁護士ドットコム取締役で弁護士でもある田上嘉一さんに、疑問を解消するため、お話を伺いました。
闇営業は業務委託契約の関係でも駄目?
田上さん「業務委託契約は、(準)委任契約、請負契約又はその混合契約で、その性質がいかなるものであるかは個々の契約内容から判断すべきことになります。特に、今回のような事務所に所属する芸人の場合、彼らは自己の能力・才能を売っていますから、業務委託契約の内容は準委任契約に近い性質を有すると考えられるでしょう。この場合、準委任契約の目的に適するように仕事を行う義務を負っているのです(民法656条、644条)」。
この「準委任契約の目的」とは、吉本興業が芸人に報酬を支払う代わりに、芸人の能力・才能を発揮する機会を第三者に購入してもらうことで、同社が収入を得るという意味です。
そのため、芸人が事務所を通さずに自ら営業をする場合に、事務所が第三者に芸人の能力・才能を発揮する機会を購入してもらい収入を得る機会を失わせることになり、委任契約の目的に反することになるとも考えられるそうです。
田上さん「もっとも、具体的にどのような行為が事務所との間で契約違反になるかということは、個々の契約内容(条項)次第なので、『芸人と事務所との契約』であるというだけでは、闇営業が契約違反になるとは一概には言えません。もちろん、闇営業の相手方が犯罪組織等である場合には、組織的犯罪処罰法や、暴排条例に抵触する可能性があります」。
ギャラ配分の疑問
続いて、芸人のギャラ(報酬)が少ないこと、そもそも知らないことはどちらの問題なのか教えてもらいました。
田上さん「雇用契約を含め、報酬の種類、報酬決定の基準などは民法上に制限は無いですが、すべて当事者の合意によって決定されます」。
つまりギャラ配分も「合意」はあるのです。ただ、その合意へのプロセスには問題があるのかもしれません。あと、雇用契約と異なり、委任契約や請負契約の性質を有する業務委託契約では、原則として労働基準法や最低賃金法などによる保障はないようです。
となると、合意があるのにギャラ配分を知らないということはあるのでしょうか?
田上さん「ギャラ配分を決定する基準は、先ほどの説明通り、当事者間の合意によって決定されます。そのため、本来被用者たる芸人が『ギャラ配分』を知らないという事態は考え難いですね。もっとも、『委任契約は原則として無償契約であることから』、報酬に関して合意をしていなくとも業務委託契約は成立可能です」。
委任契約の特徴
委任契約が原則無償契約とはどういう意味なのでしょうか、詳しく説明してもらいました。
田上さん「(準)委任契約は、民法上、報酬を支払うという合意がなければ、タダ(無償)で任された事務をするという契約類型になっています。つまり、(準)委任契約は、報酬に関する合意をしなくても、有効として成立するのです(報酬の支払いの合意が契約の本質的・不可欠的内容でない)」。
かなり専門的なお話ですが、これは委任契約の特徴なので、田上さんは「原則として、委任契約は報酬の発生しない契約(法律上、無償契約と言います)であること」を指摘したそうです。
ちなみに、雇用契約や請負契約は、法律上報酬を支払うことが原則となっていて、報酬に関する合意がなければ、有効に成立したとは言えません。このような契約類型を法律学上、有償契約というそうです。
そして、使用者側である吉本興業に、業務委託契約時の「報酬決定の共通した配分ルール」がある場合には、個々の仕事ごとのギャラについてもルールが適応されると判断されることもあるかもしれませんが、その説明をしないことは「使用者による説明義務違反」となる可能性が考えられるそうです。
契約書が存在しないこと
最後に契約書が無いことについて、解説してもらいました。
田上さん「契約は当事者の意思の合致によってその効力が生じますから、原則として契約書という書面を作成する必要はありません。ですから、業務委託契約も、法律上は書面作成を前提としないので、契約書がなくても問題ありません。ただ、7月24日に公正取引委員会の山田昭典事務総長は『契約書面が存在しないということは、競争政策の観点から問題がある』と発言しています」。
この、山田事務総長の発言は、吉本の契約態様が独占禁止法の優越的地位の濫用(独占禁止法2条9項5号ハ)に当たり、独占禁止法違反に当たる可能性があると指摘したのだろうと田上さんは言います。
それでは、今回の騒動により業務委託契約に関する考え方が変化することはあるのでしょうか?
田上さん「契約書を作らない契約により、契約当事者一方に偏った形での、優越的地位の濫用助長が懸念されるという社会的風潮が今後高まれば、契約書を結ばない業務委託契約は無効となるという規制や法改正が行われる可能性はゼロではないと思います。
実際、独占禁止法の例ではありませんが、民法において、連帯保証契約の締結に際し、必ず書面で行うという規定が平成16年の民法改正で追加されています」。
取材協力:田上 嘉一(たがみ よしかず)
弁護士、弁護士ドットコム取締役 早稲田大学法学部卒、ロンドン大学クィーン・メアリー校修士課程修了。大手渉外法律事務所にて企業のM&Aやファイナンスに従事し、ロンドン大学で Law in Computer and Communications の修士号取得。知的財産権や通信法、EU法などを学ぶ。日本最大級の法律相談ポータルサイト「弁護士ドットコム」や企業法務ポータルサイト「BUSINESS LAWYERS」の企画運営に携わる。TOKYO MX「モーニングCROSS」などメディア出演多数。