「人生100年時代」と言われる現代。20代でも早いうちから資産形成を進めることが求められています。一方で、どのように投資・資産運用の目利き力を磨いていけばいいのか、悩んでいる方は多いのではないでしょうか。

この連載では、20代の頃から仮想通貨や海外不動産などに投資をし、現在はインドネシアのバリ島でデベロッパー事業を、日本では経営戦略・戦術に関するアドバイザーも行っている中島宏明氏が、投資・資産運用にまつわる知識や実体験、ノウハウ、業界で面白い取り組みをしている人をご紹介します。

今回は、サイトM&Aのパイオニア的存在で、早稲田M&Aパートナーズ株式会社 代表取締役 CEO、株式会社ゼスタス 代表取締役社長、一般社団法人日本サイトM&A協会 代表理事を務める和家智也氏にお話を伺いました。

  • 和家智也氏 早稲田M&Aパートナーズ株式会社 代表取締役 CEO/一般社団法人日本サイトM&A協会 代表理事/株式会社ゼスタス 代表取締役社長

2006年からスタートした「サイトM&A」

――和家さんは、サイトM&Aの専門家として多くのM&A案件に関わってきたと思いますが、そもそもなぜM&Aの業界に?

和家智也氏:今でこそM&Aの専門家と言われていますが、実は私は銀行など金融機関の出身ではありません。縁あって物流企業のIT部門に新卒で入社し、5年ほど在籍しました。入社した頃はネットショッピングの草創期で、EC事業を立ち上げても採算が取れずに撤退してしまう事例をたくさん見ていました。

「サーバーの契約終了」というボタン一つで、せっかく努力してつくり上げてきた資産がなくなる現実を見て、さみしいというか心苦しいというか、とても残念な気持ちになっていたのですが、サイトのような手に取って触れることのできない無形資産の売買市場はなかったのです。ただ、「ネットで調べて買い物をする」という行動変容は不可逆的だと思い、無形資産の売買市場が今後はできると感じて2006年にサイトM&Aの仲介サービスサイト「サイトレード」をスタートさせました。かれこれ18年ほど、サイトM&Aの案件に携わっています。

  • サイト売買のサイトレード

突飛で特徴のあるサイトが日々生まれている

――和家さんが数多くのサイトを見てきた中で、印象に残っているサイトにはどんなものがありますか?

和家氏:化粧品や健康食品、アパレルの通販サイトはよく売りに出るジャンルです。面白いサイトだと、宝塚歌劇団を熱烈に応援するサイト、無数のイラストが無料でダウンロードできるサイト、作曲を音楽家に依頼するサイト、ゴルフ合コンのマッチングサイトなどは面白いサイトで今でも覚えています。

企業が一事業としてサイト運営をしているケースもあれば、個人事業主がほとんど一人で立ち上げて運営しているケースもあります。かなりニッチというか、隙間を突くようなサイトもあり、「こんなニーズがあったのか」と驚くことも多いです。ネット上で目立つには特徴を持たせる必要があるので、自ずとニッチになっていくのかもしれません。アイデア次第で早期に軌道に乗り収益化できるサイトもあり、チャンスは無限にあると思います。

いざサイトを売却しようとなると、会社の売却ではなく事業の売却ということになります。物販やサービスの提供で事業として成り立っているとしても、それがM&A案件として成約するかはわかりません。「黒字だから売却できる」というわけではないので、そこは注意が必要ですね。

連続起業家のその後とセカンドキャリア

――和家さんが2019年に出版された『M&Aエグジットで連続起業家(シリアルアントレプレナー)になる』でも書かれていますが、サイトや事業、会社を売却して連続起業家になる人も増えていると思います。売却した後、どのような経緯で再度起業するに至るのでしょうか?

和家氏:サイトや事業を売却して、それで得た譲渡金を元手に再度事業投資をし、5年ほどするとまた声がかかることがあります。そういった方は、「今度は事業ではなく、会社を売りたい」となり、その後はアーリーリタイアして海外や地方に移住する方もいらっしゃいますね。

ただ、事業を立ち上げることが好きで、そもそも仕事が好きな人も多いので、リタイア後しばらくするとまた起業するというケースも少なくありません。「また新しい会社をつくりたい」とご相談いただくこともありますし、今度は売り手ではなく買い手としてお手伝いすることもあります。今でいう「連続起業」なのですが、それを自然にやり始めている社長が増えたと感じ、本を出版するに至りました。サイトM&Aの仲介だけでなく、連続起業の応援をしたいと思っています。

――連続起業の場合、もともとやっていた事業と類似する事業を再度始めるのでしょうか?もしくは、全く違う業種ですか?

和家氏:全く変わるケースも多いですね。例えば、インテリアの通販会社を売却し、1~2年ほど海外放浪したときにアフリカに魅力を感じ、アフリカでゲストハウス経営や貿易業を始めた方もいらっしゃいます。

また、サロン(店舗)を売却して化粧品の自社ブランドを立ち上げた方もいらっしゃいますし、メディア事業(お酒の情報サイト)を売却し、お酒の販売事業を始めた方もいらっしゃいます。お酒は地場産業なので地域創生にもつながり、お酒を愉しむ環境をつくるために地域に根差して活動されています。他には、連続起業ではなくエンジェル投資家になる人もいますし、YouTuberになった人もいます。

30代前半で事業をつくり、30代後半で売却し、40代になってまた事業を始めるという起業家が増えていると思います。事例は本にもたくさん書いていますので、ぜひ読んでいただけたらと思います。

  • 和家氏の著書『M&Aエグジットで連続起業家(シリアルアントレプレナー)になる』クロスメディア・パブリッシング、2019年4月発行

サイトM&Aのトレンド

――和家さんがサイトM&Aに長年関わってきて、最近感じる変化やトレンドはありますか?

和家氏:オンラインビジネスに限らないのですが、ビジネスが成立するかどうかは人流(そこに人がいるかどうか)が重要です。人が集まるところにビジネス=お金が生まれるからです。サイトの場合は、アクセス数ということになります。以前は、アクセス数を増やすにはGoogle対策一択だったのですが、今はSNSを活用することが増えました。今後はますます、SNSでの集客力と提供する商品やサービスが重視されると思います。中には、「Google検索では出てこないけど、SNSで100%集客している」という事業もあります。SNSマーケティングのノウハウを持っている会社や個人が事業をつくって売却するケースも増えていくでしょうね。今は圧倒的にインスタグラムです。

また、アクセス数だけではサイトの価値は図れません。アクセス数よりもむしろ、「伸び」の方が重要です。流入経路が多様化しているので、Google検索依存の事業だとアクセス数が減っているサイトもあります。流入経路を持ち、GoogleでもSNSでも評価されているサイトで、昨年比でアクセス数が増えていれば価値のあるサイトです。

――確かに、Googleで検索するよりもインスタグラム検索やAmazon検索、YouTube検索することが増えましたよね。

和家氏:その影響もあって、最近は「アカウントの売買」の相談も増えています。AmazonやeBay、インスタグラム、X(旧ツイッタ―)、YouTubeなどのアカウントです。ただ、アカウントは価値判断が難しいので実際にはアカウント単体では売れにくいのですが、「欲しい人がいるかもしれない。売れるなら売ってみよう」と気づく人が増えたのだと思います。副業でSNSを始める人も増えたので、今後もアカウント売買の相談は増えそうですね。

根強い情報格差を解消したい

――M&Aは中小企業間でも、あるいは個人でもすっかり身近になったとも感じるのですが、実際はどうなのでしょうか?

和家氏:日々M&Aの案件に関わっているとそう感じることもあるのですが、実際はそうでもないと思っています。先日、ある地方のロータリーでサイト売買の講演をさせていただいたのですが、講演後に「サイトM&Aという手段があるなんて、初めて聞いた」と言われました。情報格差をまだまだ感じますし、M&A市場の健全な発展のためには、普及啓蒙も必要だと思います。

――和家さんは、YouTubeチャンネルの「ワケがわかるM&A解説【ワケ塾】」でM&Aに関する情報発信をされていますが、情報格差を解消するための一環なのですね。M&Aで会社や事業を買った後に買い手が後悔することもあると思いますが、M&Aに関する知識を身につけておく以外に、どんな対策が必要と感じますか?

  • ワケがわかるM&A解説【ワケ塾】

和家氏:買い手の失敗パターンで多いのは、「引き継ぎがされない」や「思ったよりシナジーがなかった」というケースです。売り手も、譲渡前は「しっかりと引き継ぎします」と当然言うのですが、いざ譲渡契約が終わると緊張の糸が切れ、レスポンスが悪くなったり、譲渡後の引き継ぎ・PMI(統合作業)を手抜きしたりすることがあります。

サイトM&Aの場合、社長や担当者が一人で運営しているケースも多く、譲渡後の引き継ぎが要です。契約書に引き継ぎに関することを記載するのはもちろんですが、しっかりと信頼関係を築いておくことも重要だと思います。

  • ワケがわかるM&A解説【ワケ塾】

良いサイトを見極めるために知っておきたい「事業投資の原理原則」

――引き継ぎは本当に重要ですね。先ほど「思ったよりシナジーがなかった」という失敗パターンのお話がありましたが、これも本当に多いですよね。

和家氏:シナジーを期待するよりも、その事業単体で伸ばせるかどうか、成長する絵を描けるかどうかで案件を見極めた方が良いと思っています。ウェブの世界は日進月歩でいろいろな新しい技術やサービスが生まれています。しかし、事業や事業投資の原理原則は変わりません。

事業として伸ばすためには、「アクセス数を倍増するのが良いのか?」「会員数を倍増するのが良いのか?」「商品点数やサービスラインナップを倍増するのが良いのか?」など、「客単価×客数×頻度」というシンプルなロジックを突き詰めて考え、どこを伸ばすのが良いかを「イメージする」のではなく、「計算する」ことだと思います。

経営の多角化を目的にM&Aを検討することもありますが、飛び地で知見のない業界業種に飛び込むのはただのリスクです。既存事業のシェアを拡大できるのか、既存顧客に新サービスを提供できるのかをしっかりと考え、例えばEC事業であれば、仕入れ(仕入れ価格や仕入れ数、商品の質、仕入れのスピードなど)を検討し、アクセス数や会員数の維持、再現性、譲受後も伸ばせるかどうかなど、一つひとつ検証していくことが欠かせません。原理原則を守ることは、どんな時代でも大切なことだと思います。

ゼロイチが好きな人ほど連続起業家に向いている

――最後に、連続起業家に向いている人はどんなタイプの起業家なのでしょうか?

和家氏:そもそも売却するために会社や事業をつくるのはナンセンスだと思っているのですが、とはいえ「結果的に」連続起業家になったという人もいらっしゃいます。起業家には、短距離ランナーもいれば、長距離ランナーもいます。熱しやすく冷めやすい「ゼロイチ」タイプの起業家は1~2割はいて、立ち上げまでは情熱を注いでいたものの、形になったら飽きてしまい、放置状態というケースも少なくありません。

現場に任せきりで現状維持だと、いつか事業は衰退するわけですし、そうなってしまうと社員や取引先、お客様もかわいそうです。周りが不幸になる前にM&Aで事業を整理して、再度起業して新しい事業に100%コミットした方が、周りの人にとっても起業家本人にとっても良いはずです。本人も周りの人たちも幸せになるようなM&Aを、今後も広めていきたいですね。