KDDIが富山・黒部峡谷鉄道の全区間における、au通信のエリア化対策を完了した。2018年までに5駅をエリア化、さらに2020年11月からトンネルへの追加工事を実施、2022年8月に全長20.1キロ全区間のエリア化対策を完了した。
黒部峡谷鉄道の全区間がauエリアに
黒部峡谷は、立山連峰と後立山連峰の間を流れる黒部川が作る峡谷で、日本でもっとも深く大きな峡谷だ。黒部峡谷鉄道は、黒部川水系の発電所を建設するための資材運搬用鉄道として、1937年に全線が開通した。一般の旅客が料金を払って乗れるようになったのは1953年からで、軌間762mmの特殊狭軌による鉄道路線でトロッコ電車が運行されている。「トロッコ」は運搬用の「自動車トラック」から派生した名称だ。
全20.1キロの路線には10駅があるが、一般客が乗降できるのは始発駅・宇奈月、途中駅・黒薙/鐘釣、そして終着駅・欅平の4駅だけで、他の駅は関係者向けの専用車両のためのものだ。黒部峡谷鉄道社は今もなお関西電力の100%子会社で、電源開発の資材、人員輸送を担っていることがわかる。
鉄道は例年12月1日には越冬のために営業運転を休止、春の新緑の季節に再スタートする。当然、その間も関係者は設備をメンテナンスするために現場に行って勤務する必要があるが、冬季は鉄道沿線に併設されたトンネル歩道を使って徒歩で向かい、施設に数泊しては戻りを繰り返しているのだそうだ。
狭くて基地局が置けないトンネルに電波を吹き込む
この20.1キロの路線をトロッコ電車は約80分かけて走行するが、その間には41本のトンネルがある。
今回は、これらのトンネルすべてにおいて完全なエリア化が完了した。方法としては、外からトンネル内部に向けての吹き込み方式と、トンネル内にレピーター子機を置く方式がとられた。トンネルは狭く、機器を設置するスペースがない。そのため、外部からトンネルに向けた指向性アンテナによる電波の吹き込みに頼るしかなかったということだ。
その吹き込みも、列車が走っていないときにはうまく反射する電波が、電車がトンネル内にいると空間が狭すぎて乗客の端末には届かないということも起こるので、調整がたいへんだったらしい。トンネルが長く曲がっている箇所では、アンテナだけを設置する特別設計も一部で行われている。
モバイルネットワークはLTEで、800MHz帯のいわゆるプラチナバンドだ。峡谷の屋外であれば、ほぼどこのキャリアでも通信はできるが、トンネル内ではau以外は圏外になってしまう。逆にいうと約80分という乗車時間のうち、41本のトンネルを通過する間、通信を確保することはできない。時間にすると半分程度の40分間ほどだろうか。
移動通信サービス提供においては全国各地で、インフラシェアリングの観点から基地局等設備の各社共用が行われているが、少なくとも現時点ではこの沿線の完全エリア化について他社は興味を示さなかったようで、全線で通信できるのはauだけだ。そのauも、基地局のためのバックボーンネットワークについては、1Gbpsの光回線を他社から借り受けている。
「黒部宇奈月キャニオンルート」のエリア化も検討
今のところ、一般乗客にとっては欅平駅はこの路線の終点だ。ここから黒部ダムに行くことはできない。登山道はあるが歩いて2日間かかるという。
だが、2024年には、電力関係者が業務用に使う高熱隧道を走るトロッコや、インクラインで結ぶ約18キロの区間が、「黒部宇奈月キャニオンルート」として一般解放される。これまで「立山黒部アルペンルート」として、富山県・立山町からと長野県・大町市からしかアプローチできなかった黒部ダムに至る、新しいルートだ。
KDDIによれば、そのエリア化は今のところは未定だそうで、「エリア化のハードルは場所・立地によって異なるため、お客様のニーズも見ながら今後検討していきたい」とのこと。
だが、期待はふくらむ。ロマンもある。ほとんどすべてが狭い隧道になっている制約の多そうなルートをどうやってエリア化するのだろうかと興味はつきない。
黒部峡谷はこれから紅葉の見頃を迎える。取材したのは2022年10月21日で紅葉はまだだった。12月1日には営業を休止するので、残された時間は短い。
東京駅から北陸新幹線で黒部宇奈月温泉駅まで約2時間30分、富山地方鉄道本線に乗り換えて宇奈月温泉駅までは20分ちょっと。早ければ東京から約3時間で黄金の世界に到達できる。
トロッコ電車に乗って、トンネル内でも圏外にならないauの電波をつかんで、テクノロジーの未来に思いを馳せてみてほしい。電源開発のためのルートの開拓、路線の開通、モバイル通信網の整備と、1956年の黒部ダム着工から長い歳月を経て完成したともいえる多くのエンジニアの仕事の集大成を実感することができるはずだ。