NECがAI技術「NEC the WISE」を使って過去の雑誌記事を分析、時代ごとの色、香り、味を数値化し、世代ごとの特徴を表現したクラフトビール「人生醸造craft」を開発した。
コエドブルワリー社がそのデータを元に、発泡酒とビールを醸造して発売を開始。商品は小江戸ブルワリーのオンラインサイトで販売が開始されたが、1日ちょっとで完売となってしまったようだ。現在、再販売、再醸造について検討中だという。
過去40年の雑誌記事をAIが分析
商品は350ml缶4本セットで1,540円(税込)だ。それぞれ20代、30代、40代、50代の世代の特徴を表現した4本で構成されている。たとえば20代は、SNSに囲まれて育ったデジタルネイティブ世代で、ハーブエールの発泡酒。米国産ホップの柑橘系アロマ、ハイビスカスによる酸味と淡いピンク色が特徴で、度数3.5%とアルコール度数は控えめでカジュアルだ。最先端の感性は甘酸っぱいらしい。
AIが分析したのは小学館提供による雑誌のファッション画像と文章だ。これによって各世代の人生の軌跡を体験できるようにしたという。
小学館発行のCanCam、Oggi、Domani、Precious、DIME、BE-PAL、女性セブン、週刊ポストの過去約40年間に発行された記事から、色を特定するためファッション画像をもとにトレンドカラーを、自然言語処理により単語の意味情報を取り込んだ学習データで、文章に登場する意味が近い単語の発生割合から香りを数値化。また、味については各世代が今読んでいる雑誌の画像を参考に、RAPID機械学習でファッション画像を分析して数値化したという。
紙の雑誌は消え、ウェブの情報は残る
いわゆるマスメディアには消えていくものと残るものの2種類がある。たとえば雑誌や新聞などの紙のメディアは最新号の公開とともに前号は消えてしまう運命にある。TVやラジオなどの放送メディアも同様だ。消えてしまっては困るメディアはエンドユーザーの手によってスクラップされたり、録画録音して手元に残す。
その一方で、ウェブなどで提供されるメディアは基本的に発行後、永年保存され、有償かどうかは別にして、いつでも参照することができる。その中から参照したい情報を取り出すのには、Googleなどの検索エンジンが大きな威力を発揮する。
昨今のメディアは新聞などの紙媒体であっても同じ内容の情報がウェブにも掲載されるし、放送は放送で過去のコンテンツをオンデマンドで参照できるようになっている。いわゆるハイブリッドなメディアとして将来のマスメディアのあり方を模索し続けている。
今回開発したビールのためのAI利用は、小学館との協業によってデータを得ることができた。小学館は、VOYAGE GROUPと組んでC-POT社という出版コンテンツのデータベース化を支援する会社を設立し、こうした過去情報の活用を模索している。NECはそこに目をつけて協業にいたったのだ。
SNS不在の時代をどう記録しておくか
ウェブの世界が一般化したのが2000年以降だとすれば、われわれが以降に手にしたコンテンツの多くは、最終媒体の形式にかかわらず、デジタル制作になっているだろうから、データベース化はそれほど難しくないかもしれない。だが、それ以前の紙媒体の情報をデジタル化するのはたいへんだ。
東京・世田谷の大宅文庫は「本は読むものではなく、引くものだよ」という名言を残した故・大宅壮一氏の資料室を原型として設立された。個人的にも駆け出しライターの頃はずいぶん足繁く通ったものだ。担当者が雑誌を1ページずつめくってそれぞれの記事のための索引を作って分類したという大宅式分類法と呼ばれる独自の索引体系は、一般的な図書館ではとうてい得られない検索体験を可能にしてくれている。
情報は網羅することに意義がある
今や、ウェブにない情報はこの世にないのと同義という状況だ。おそらく2000年以前に発売された紙の雑誌は、そこに掲載されたコンテンツがどんなに重要なものであっても、見つけ出すのは難しい。いや、重要かどうかはあとで判断することにして、とにかく網羅することにこそ意義がある。
そういう意味で、C-POT社によるチャレンジが、こうしたかたちで世に出たことには大きな意味がある。TV放送ログといったサービスもあちこちで提供されているのをみると、少なくともその重要性は認識されているはずだ。いったん世に出たメディアを機械可読(マシンリーダブル。機械で処理できる形の情報)のかたちで世に残しておくことで、また違った未来が見えてくるかもしれない。AIの介在は、その活用を大きく支援するだろう。
最初からデジタルな情報は蓄積もたやすいし、分析も容易だが、そうではなかった時代のこともそろそろまじめに考えなくてはならないのではなかろうか。いわばSNS不在の時代の記録と記憶だ。もっとも、多くのコンテンツをエンドユーザーがTwitterなどで発信する時代に、マスメディアそのもののあり方についても再考が必要なのかもしれない。
(山田祥平 http://twitter.com/syohei/ @syohei)