多くの人々が待望していたかもしれないOffice for iPadとして、Word、Excel、PowerPointのiPad版が公開された。日本のアカウントでは入手できないのは残念だが、これでiPadの付加価値がまたひとつ高まるという論調もある。

Microsoft Excel for iPadとMicrosoft Word for iPad

Office for iPadとOffice for Windows RT

iTunesストアの米国アカウントを使って入手したiPad用のWord、Excel、PowerPointだが、よくできている。しかも無料だ。これでもう本当にWindows PCがいらなくなるという声があちこちから聞こえてきそうだ。個人的には、OWAといった中途半端なものでお茶を濁していないで、Outlookのフル機能のために、Outlook for iPadもいっしょにリリースしてほしかったところだ。

ご存じの通り、Microsoftは、同社のARM版WindowsであるWindows RT搭載デバイスとしてのSurfaceをリリースするにあたって、Officeアプリをデスクトップアプリとして提供することを選んだ。没入型のストアアプリではなかったのだ。

ところが、Windows RTのデスクトップは、デスクトップとは名ばかりで、従来のWindows用アプリは使えない。いわば、Officeのためだけのデスクトップであるといってもいい。さらに、SurfaceのOfficeアプリでは、いわゆるマクロが使えない。既存のWindows用Officeアプリとは完全な互換性が保たれていないのだ。

今回リリースされたiPad用のOfficeアプリも同様だ。当然マクロは使えない。そういう意味では、Windows RT用Officeと、iPad用Officeは、同じ立ち位置にあると考えていいだろう。だが、Windows RT用Officeアプリは、少なくとも従来と同じ作法で使える。たとえ最大化して使うことがほとんどだったとしても、必要に応じてデスクトップに複数のウィンドウを開き、アプリや文書を連携させながらの作業ができる。基本的に没入型としてアプリが提供されるiPadとは、そこが大きく違う。

肝心要のWindowsを守るために

Microsoftとしては、SurfaceといっしょにストアアプリとしてOfficeアプリを添付することもできたはずだ。だが、それをしなかったのは、Officeが知的生産の効率を高めるツールであるというのはもちろん、そして何よりも、従来の作法を変えることをユーザーに強いられないというジレンマによるものだと想像できる。そうでなければ、ストアアプリとして提供した方が、モダンUIに対する移行へのやる気をもっとアピールできるという効果もあったはずだ。

そういう意味では今回のiPad用のOfficeアプリの公開は、苦渋の決断だったともいえるだろう。すぐにでもできそうなのに、ここまで時間がかかってしまったのには、いろいろな理由があると思われるが、「変えられない」というのは、その中でも大きな部分を占めていたはずだ。

そうはいっても、iPadのようなボリュームのある市場で、いつまでたってもOfficeアプリが使えないというのは困る。誰が困るかというと、実は、エンドユーザー以上にシステム管理者が困るのだ。従業員が自分のデバイスを職場に持ち込んで仕事に使うBYODのトレンドは、もはや止めようもなくなってしまっている。日本ではまだまだといったところだが、欧米ではメインストリームとなりつつある環境だ。

そこでサービスカンパニーであるMicrosoftが、システム管理が少しでも容易になるような方向のお膳立てをしなければ、肝心要のWindows OSにとっても危機が訪れてしまうだろう。そのためには、どうしてもOffice for iPadが必要だったということだ。そうしなければ、実はOfficeは必ずしも必要ではなかったのだということに気がつかれてしまう。そうなる前のタイミングとして、今回のリリースは結果として実は絶妙だったともいえそうだ。

(山田祥平 http://twitter.com/syohei/ @syohei)