経済ジャーナリスト夏目幸明がおくる連載。巷で気になるあの商品、サービスなどの裏側には、企業のどんな事情があるのか。そんな「気になる」に応え、かつタメになる話をお届けしていきます。
ちょいちょい出てくるアプリやソフトのアップデート。急いでいるときなどは、軽くうっとおしいですよね。でも、実はここに、最新のビジネスを理解するヒントが隠されているのです。
例えば『LINE』。このアプリ、登場したときはいまでは想像もつきませんが、単なるメッセージアプリで、アップデートを繰り返して現在の世界中で使われるアプリへと進化してきたのです。リリースは2011年。東日本大震災の被災地で「ネットはつながるけど電話はつながらない!」といった声があり、同社は「そんなときに便利なアプリを」と開発した、という経緯があります。
ただしリリース前から、開発陣は「大きな絵文字(=スタンプ)を送れる機能もつけよう」などと議論を繰り返していました。当時から年々、一般ユーザーがメールのやりとりに使う時間が増えていたのです。なら「ありがとう!」といった短文をボタン一発で送れるように……と考えたのは見事でした。
でも、さらに興味深いのはここから。彼らは、スタンプのほか無料通話機能もつけよう、といった議論を重ねつつ、メッセージ機能しか持たないアプリをすぐ作り、リリースしたのです。
完成を待たず、リリースした理由は2つあります。
まず「IT業界では先に顧客をつかんだ方が有利」だから。仮に「書店をひらくぞ!」という話であれば、品揃えや駅の近さなどで差別化でき、後発が先に開業した店を追い抜くことも可能でしょう。でもネットの場合は差別化しにくく、最初に大勢のユーザーを獲得した店――書店であればamazonが2位を引き離します。だからアプリも、とにかくスピードにこだわってリリースした、というわけ。
次の理由はこれ。LINEの開発者のコメントです。
「何が人気化するかは、実際にリリースしなければわかりません。だから、理想型でなくても、まず出してみて、反応を探ることが重要なのです。スタンプ機能をつけた時も、ウケるかわからなかったので、スタンプが数十種類しかない段階で出しました。するとSNS等で大人気になったため、ここに注力し、スタンプショップや動くスタンプなど新たな展開を始めたんです」
世界で注目を浴びる「アジャイル」開発とは?
開発者は「実は我々も、スタンプがここまで人気化するとは思っていなかったのです」と言う。また、スタンプショップは最初の構想になかった、とも言います。
LINEがアップデートを繰り返す理由は、ここにあるんです。時間をかけて何百種類のスタンプをつくってからリリースしていたら……他社に先を越されてしまう可能性もあるし、人気にならなかったときのリスクも大きい。だから、まず最小限の機能でリリースして、アップデートを繰り返しながら完成させていくのです。
この開発手法を「アジャイル」式と呼びます。アジャイルとは「素早い/機敏な」といった意味です。ちなみに、反対語は「ウォーターフォール」式。あらかじめ何をつくるか決め、誰がいつまでに材料を調達し、何人で組み立て……とがっちり計画を立ててから進める手法です。ちなみにウォーターフォールとは「滝」の意味。一度計画が進むと後戻りできないため、この名称で呼ばれます。
閑話休題、アジャイル式の強みは、顧客からの要望、市場の要望に柔軟に対処できることで、最近は様々な場面でアジャイル式が採用されています。例えば「富士そば」。同社には「まるごとトマトそば」など変わったメニューがあり、しかもチェーン店なのに、店によってメニューがちがいます。その理由を、丹有樹社長が語ります。
「メニューは各店の店長などが発案し、最初はその店だけで展開します。どんなメニューがウケるか、やってみなければわからないからです」
だから店ごとにメニューが違うのか……。して、その結果は?
「最近は、一部店舗で1000円近くする上カツ丼をメニュー化し、大人気を博しています。高価格帯の商品も求められているのか、と再度、店のありかたを問い直すきっかけにもなりました。ようするに、結果はお客様に聞くのが一番はやいのです。中にはパンとコーヒーを出した店までありますよ(笑)」
書類は7割のできでいい!?
この方法、理にかなっているように見え、実は日本人は苦手だ。手抜き、無計画、ととられかねない。だが、様々な取材を繰り返すなか、こんな経営者もいた。ティップネスの武信幸次社長が話す。
「部下には『理路整然としていれば資料は7割のできでええよ』と言っています。70%までは比較的簡単に作れるけど、残り30%を積み上げるのに大変な力がいる──資料作りってそういうものでしょ? やった方がいいけど、労力の割に効果がない、そんな仕事は、時に、やらなくていいんです」
要するに、上司や顧客の要望がつかめないときや、大幅に変わる可能性がある場合、早めに相手に渡し、反応を見ながら修正していく方が効率的、ということなのでしょう。実はこのやり方、アメリカのグローバルなIT企業でも採用され、成果を挙げています。ちなみに楽天の三木谷浩史社長は、早く正解にたどりつくためにはこんな考えが重要だ、と言っています。
「『行動するために考える』、そう考えるのが間違いの元。『考えるために行動する』、そう考えればいい」
上司に提出する書類も、早めに出し、反応をみながらアップデートしていくのが効率的なのかもしれませんね。
著者略歴夏目幸明(なつめ・ゆきあき)'72年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。現在は業務提携コンサルタントとして異業種の企業を結びつけ、新商品/新サービスの開発も行う。著書は「ニッポン「もの物語」--なぜ回転寿司は右からやってくるのか」など多数。 |
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