経済ジャーナリスト夏目幸明がおくる連載。巷で気になるあの商品、サービスなどの裏側には、企業のどんな事情があるのか。そんな「気になる」に応え、かつタメになる話をお届けしていきます。

世の中にあふれる様々な「容器」。なぜコンビーフの缶だけ台形なんだろう? 納豆パックの底にある溝ってなんなんだ? などと考える人はまずいないと思いますが、実は! 様々なメーカーが工夫に工夫を重ねた結果「あの形」になっているんです。

コンビーフといえば台形ですよね

たとえばペットボトル。まず、飲んだことがある炭酸飲料を思い浮かべて下さい。必ず、上から見ると丸い形の容器に入っていませんか? 炭酸飲料の容器は、内側から外側へ圧力がかかります。もし四角いペットボトルに入れると圧力で形がゆがむため、丸い形の容器に入っているんです。

缶だって負けていません。缶飲料が目の前にあったら、まじまじとパシュッとあく口の部分を見てください。あく部分の形、よく見ると左右非対称なんです(とくに、缶を空けるときに指で引っ張るタブの左右あたり)。なぜなら、口の部分が左右対称だと缶があけにくくなるから。タブを引っ張ったときに力が一点にかからず左右に分散し、缶を空けるためにより強い力が必要になってしまうのです。

さらには、缶コーヒーのなかに飲み口の部分が大きいもの、ありませんか? あれは、パシュッとあけた瞬間や飲んでいるとき、コーヒーの香りが漂うようわざわざ大きくつくってあるんです。さらに、コーヒーは炭酸じゃないのに、缶を空けるとパシュッと音がする場合があります。これは、コーヒーが酸化しないよう缶に封入してある不活性ガスを多めに入れ、わざと内側の圧力を高めているから。なんのために……と言えば。

「缶をあけた瞬間、コーヒーの香りをあけた人の鼻まで届けるため」なんですね。

容器にまつわる努力、涙ぐましいと思いませんか?

納豆の容器の下側の溝がなければ納豆はできない

飲料だけでなく、食品も負けていません。まずは納豆。なぜパックの底には溝があるのだろう……? などと考えたことがある方はまずいないと思われますが、なんと! 「例の溝」がないと納豆ができないのです。

納豆はこんな順番でつくられます。まず豆を煮て、次に納豆菌をふりかけて容器に入れます。その後、納豆菌がよく働く温度に保たれた「室」(むろ)に入れて発酵させるんですね。考えてみれば、納豆になってから容器に入れていたら、糸を引いて大変そう。

さてそんななか、納豆菌の繁殖に欠かせないものがあります。それは「酸素」。でもって容器の底が真っ平らだと、底のほうは酸素が足らず、納豆菌がうまく繁殖しなくなってしまうんです。もし底の溝がなければ、一部は納豆になっていて、一部は煮豆のまま、というヘンな納豆ができてしまいます。そんなわけで、納豆パックの底には、空気を循環させるための溝があるんです。また、納豆の発泡スチロールのパックは保温性が高く、温度管理もしやすいそうですよ。

さらにはコンビーフ。世の中に様々な缶はあれど、なぜかコンビーフだけ台形です。その理由は「入れにくかったから」。コンビーフは牛赤身肉を高温で煮て、柔らかくほぐしたあと、牛脂や調味料と混ぜてつくります。あの「もそっ」とした肉の線維の食感が好き、という読者も多いでしょう。ただし、もそっとしているからこそ、缶に肉を詰めるとき、上からしっかり押さえないと空気が入って酸化しやすくなってしまいます。コンビーフが登場した当時は、手で詰めていたのでなおさらでした。でも台形の狭い側を下にして肉を詰めれば、上から押した力が下に行くほど強く伝わり、ギュッと酸素を抜くことができたんです。

ちなみに「ノザキのコンビーフ」を販売する会社の方いわく「今は技術も進化したから、標準的な缶にも詰められます。でも台形でないと売り場でコンビーフに見えないようで……普通の缶に入れたものを出してもあまり売れなかったんですよね」とのことでした。あの台形の缶は「枕缶」と言います。そして、あの形が売り場でアイコン化していたんですね。

ポテトチップスの袋がパンパンに膨らんでいる理由は?

なぜこんなことをいちいち知っているのか、と言うと、それは筆者が企業の経営者やマーケティング担当者を取材してきたから。彼らのほとんどは「この商品にはこんな工夫が!」と誇らしげに語ります。皆、それだけ情熱を込め、モノづくりをしているのでしょう。

ほかにも、容器にまつわる話はいくらでもあります。たとえば卵のパック。卵を入れるくぼみを見ると、あえて、卵が底まで落ちないようにつくってあります。これは卵を保護するため。考えてみれば、卵がパックのくぼみの底までしっかり落ちていたら、ドサッと置いた衝撃がモロに卵に伝わって、割れやすくなってしまいます。

また、ポテトチップスの袋にも工夫が。なぜパンパンに膨らんでいるかというと、ただ中身が割れないようにしているんです。「たくさん入っているように見せたいんじゃ?」というのはえん罪です。また、入っているのは「空気」ではありません。ポテトチップスの油も、酸化すると味や匂いが落ちてしまいます。そこで、缶コーヒーと同じように不活性ガス(いろんなものと結合しないガス)が詰められているんですね。

ほかにも、お弁当なら「レンジで温めたあと水蒸気が食品にかからない工夫」がされていたり、調味料の容器は液だれを防ぐ工夫がされていたり……企業がつくる「容器」には、さまざまな努力が詰まっています。じろじろ眺めて工夫に気付けば、企業を訪ねた時に雑談のネタができ「細かいことに気付く人なんだな」「うちの商品が好きなんだな」と印象づけることができるかもしれません。

気になる人は、ぜひ見て下さい。「中身を食べちゃえばゴミ」なんて言わず……。

著者略歴

夏目幸明(なつめ・ゆきあき)
'72年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。現在は業務提携コンサルタントとして異業種の企業を結びつけ、新商品/新サービスの開発も行う。著書は「ニッポン「もの物語」--なぜ回転寿司は右からやってくるのか」など多数。