春から売れ始めた地デジパソコン
地デジパソコンの売れ行きが好調だ。地デジ内蔵パソコンの比率は、今年初めまで10%前後とずっと低迷していたが、この4月から急上昇。デスクトップPCでは20%が地デジ内蔵、地デジ視聴にはあまり適しているとはいえないノートPCでも今年の7月には7%を超えてきた。考えてみれば、単身者の場合、テレビとパソコンの両方を買うよりは、地デジ内蔵パソコンを買ってしまった方がはるかに賢い。地デジ内蔵パソコンの多くは、単に地デジ放送が見れるというだけでなく、ハードディスクを利用して録画もできる。また、ネット上の電子番組表の利用も簡単なので、出先から録画予約を設定するなどということも難しくない。いいとこだらけの地デジ内蔵パソコンだが、なぜか今年の4月までは渋い売れ行きだった。理由は明らかだ。高かったのである。
ブルーレイもようやく価格がこなれ始めてきた
ひとつはブルーレイディスクの価格がこなれていないということがあった。今、新しく地デジ内蔵パソコンを買うのであれば、やはり番組をブルーレイに保存できる機種の方がいいはずだ。昨年あたりまではブルーレイディスクの価格が安くはなかったが、今年に入って量産効果でブルーレイディスクの価格も下がり続けている。地デジ内蔵、ブルーレイ搭載パソコンの価格も当然ながら下がってきて、多くの人の購入ゾーンに入ってきたというわけだ。
地デジパソコンにも必要なB-CASカード
もうひとつの理由は、地デジ機能を内蔵することにコストがかかることだ。実は、地デジ放送を見るパソコンを作るのは、原理的にはむしろアナログ放送よりも安上がりだともいえる。地デジ放送というのはなにかというと、実は電波を使ってMPEG動画を配布しているにすぎない。ネットから動画をダウンロードしてみる、あるいはYouTubeのようなストリーミング動画を見るということを、インターネット回線ではなく、電波を使ってやっているにすぎない。そのため、パソコン用地デジチューナーの構造というのは、ただ電波を受信して、それをそのままパソコンに送り込んでやればいいだけのことで、単なる変換アダプターにすぎない。本来はそれでいいのだ。
しかし、現実はそうはいかない。こんな単純なことをしたら、地デジの番組はコピーし放題、再送信し放題になってしまうので、簡単にはコピーできないようなしかけを作らなければならない。それがB-CASと呼ばれる仕組みだ。
B-CASカードには暗号の鍵が格納されている
B-CASカードというのは、地デジテレビやレコーダーなどに入っている赤いカード(用途によって他の色のカードもある)のことだ。気がつかなかった人も多いかもしれないが、地デジテレビを設置するときに、必ずこのB-CASカードを挿入しているはずだ。この中には暗号鍵が格納されている。地デジ放送はただの動画を電波に乗せているわけではなく、あらかじめ暗号化した状態で配信されていて、B-CASカードの中に入っている暗号鍵を使わなければ復元できないようになっている。
地デジ内蔵パソコンももちろんこのB-CASカードが必要だが、パソコンの場合、さらに面倒な工夫が必要になる。パソコンはテレビや家電と違って、さまざまなプログラムを走らせることができる。復元した地デジの映像は画面に表示しなければ意味がない。この途中で、暗号化を復元した後のデータを、CPU内部やメモリーの中にいったん送り込まなければ再生ができない。このときのデータをうまく拾ってやれば、ただの動画になってしまい、B-CASカードがなくても再生でき、コピーも自由にできるようになってしまう。
これでは困るというので、地デジパソコンでは、B-CASカードを使って復元した映像を、さらに別の方式で暗号化し、最終的にメモリー上でのみ復元するという方式にし、さらに途中で他の不正プログラムが映像データにアクセスしようとすることを監視する回路まで内蔵されている。さらに、視聴ソフトと内部チューナーの両方に固有番号がつけられていて、この番号が不一致の場合は再生できない仕組みもある。つまり、標準でついてくる視聴ソフト以外では番組が見られない。
このような仕組み、回路、ソフトの開発には膨大なコストがかかり、その分、地デジパソコンは価格が高くなっていた。
B-CASカード不要、コピーフリーのフリーオ
このような事情のため、地デジパソコンは価格が高かったが、2007年10月に登場したパソコン用外付け地デジチューナー「フリーオ」(台湾メーカー)が状況を一変させてしまった。フリーオを使って、録画した番組はコピーフリーにできてしまうのだ。さきほど説明した地デジパソコンの内部の工夫は、あくまでも電波産業会が中心になってまとめ、国内のメーカーはそれを遵守してパソコンを開発するという「紳士協定」だが、フリーオはその規定を守っていない。
当然、このような製品は、違法ではないかと多くの人が考えると思うが、あくまでも紳士協定破りであるために、明確に違法性を指摘することができない。現在でもフリーオの販売は行われているし、利用者が違法性を指摘されたことはない。
ただし、問題はあった。それはフリーオでも正規のB-CASカードを挿入する必要があるが、このB-CASカードをどうやって手に入れるかという問題だ。B-CASカードを発行しているビーエスコンディショナルアクセスシステムズでは、使用許諾約款で、さきほどの紳士協定を守らない機器での使用を禁止しているため、「フリーオで使いたい」という理由ではB-CASカードを発行してもらえない。そのため、「使っていたB-CASカードを紛失した、破損した」などと虚偽の申告をして入手しなければならず、ここに問題がある。
さらに、今年4月に発売されたフリーオの新モデルでは、B-CASカードが不要になってしまった。インターネットからB-CASカードの情報にアクセスして、暗号化を解除する仕組みになったからだ。非常に怪しい仕組みであることは誰の目にも明らかだが、現在のところ、違法性を指摘して取り締まりすることは難しいのが現状だ。
フリーオが皮肉にも地デジ普及に貢献
しかし、地デジの普及という意味ではフリーオの出現が皮肉にも貢献することになった。電波産業会は、フリーオの登場を受けて、運用規定を見直し、さきほどの「紳士協定」の中身を緩和した。これにより、地デジパソコンの開発コストが下がり、価格も安くなり、また外付け地デジチューナーも発売されるようになってきたのだ。
今年の4月から地デジパソコンが売れ始めたのは、なによりも価格が安くなったことが最大の理由。また、外付けの地デジチューナーも販売されるようになって、パソコンユーザーの中で地デジへの関心が高まってきたこともある。まだ、地デジなどは先の話と考えている方は、今もっているパソコンに地デジチューナーを取りつけるという方法を検討してみるのもいいと思う。ただし、注意したいのはCPUの能力と画質だ。地デジを再生する、録画するというのはパソコンにとってかなり負担の大きな作業。あまりに古いパソコンだとCPUの能力が追いつかず、画面がカクカクしてしまうこともある。また、テレビなどでは地デジ放送をそのまま再生するのではなく、かならず画質補正回路を入れている。この補正回路がテレビの品質を決める要になっているのだ。ところが、安価な地デジチューナーではこのような画質補正が貧弱な場合もあり、スポーツ中継で残像が現れたり、画像圧縮ノイズが現れてしまうこともある。この点は、自分の目で確かめてから、購入を決めていただきたい。
このコラムでは、地デジにまつわるみなさまの疑問を解決していきます。深刻な疑問からくだらない疑問まで、ぜひお寄せください。(なお、いただいた疑問に個々にお答えすることはできませんので、ご了承ください)。