ここ10年、テレビの大きな進化はふたつあった。ひとつは1999年にシャープがアクオスを発売したこと。薄型液晶テレビという新しいスタイルは、多くの人の心を捕らえ、テレビのイメージを一新した。もうひとつは2008年に東芝がレグザに市販のハードディスクを接続可能にしたこと。これで従来のデッキ型レコーダーから離れ、「録画をしてシフト視聴する」というスタイルが一気に定着した。いずれも、テレビにとって大きな進化だったが、2011年の今年、シャープがさらにテレビを進化させようとしている。今年6月に発売が予定されているフリースタイルAQUOS(LC-20FE1)だ。

このフリースタイルAQUOSのポイントは、チューナー部とテレビ部が分離していて、Wi-Fiで映像を送るという点。アンテナ端子の付近にチューナーをセットしたら、テレビ本体は家の中の好きなところにもって歩ける。さらに、さまざまな機能が用意されており、チューナーには市販のハードディスクを接続し、録画をすることができる。また、チューナーのLAN端子にはホームネットワークに接続でき、対応しているBDレコーダーの映像を楽しむこともできる。また、YouTube、アクトビラなどのインターネット系サービスも利用できるようになる。

一般的な携帯テレビは、チューナー内蔵型なので、どこにでも持ち運べるといっても、内蔵アンテナで受信しなければならず、現実には家のどこにでもというわけにはいかない。場所によって電波の入りが悪く、見れたり見れなかったりするのだ。しかし、フリースタイルAQUOSでは、電波はケーブル接続したチューナーで受けて、そこからWi-Fiで映像を飛ばすという方式なので、Wi-Fiが届く範囲であれば映像が途切れたりすることはない。ただし、ハイビジョン映像という大容量のデータを送るので、実際に映像が見られる範囲は、一般のWi-Fiよりも若干狭くなると考えておいた方がいいだろう。iPadなどでホームページが見られる場所でも、Wi-Fiの電波が弱ければ、ハイビジョン映像は厳しいということがありえる。とはいっても、よほど大きな邸宅でもなければ、家の中、自宅の庭程度であればほぼ問題はないはずだ。

これだけなら、すでに発売されている携帯テレビとさほど違いがないように思えるかもしれない。しかし、チューナーとテレビを分離するというアイディアは、その発展性がまったく異なり、そこに大きな期待ができるのだ。

まずひとつが、他の機器に対応することも将来考えられることだ。たとえば、ノートパソコンやタブレット端末でも、技術的にはチューナーからの映像を受信することが可能なのだから、将来は他機器への対応も可能になるかもしれない。もちろん、著作権的な問題や機器側の対応の問題もあるので、今すぐにというわけにはいかないだろうが、シャープは自社でもガラパゴスというタブレット端末を発売しているのだから、将来他機種への展開がされるとがぜん面白くなる。

こうなると、テレビの見方は大きく変わる。週末には大画面のテレビで映画を楽しみ、平日の夜はフリースタイルAQUOSで番組を楽しみ、仕事をしている最中はタブレット端末で録画しておいたニュース番組を飛ばし見しながらチェックするなど、TPOに合わせて、見る番組、見る端末、見る場所を自由に選べるようになる。

もうひとつ、私が期待しているのは、大型テレビにもこのフリースタイル方式が広がっていくことだ。今回発売されるフリースタイルAQUOSは20型だが、30型以上の大画面テレビにもこのチューナー分離型が広がっていくと、テレビライフは様変わりしていくことになる。「30型以上の大型テレビは持ち歩いたりしないでしょう?」と思われるかもしれない。しかし、日本のリビングは、アンテナ端子によって大きな制限を受けているのだ。

部屋のレイアウトを決めるときに、まず最初に決めるのはテレビの位置だ。なぜなら、多くの部屋は、アンテナ端子が2ヶ所程度しかないので、そこにテレビを置くしかない。そして、テレビの対面にソファ類を置く。こうして部屋のレイアウトがほぼ決まってしまう。しかし、フリースタイルAQUOSであれば、アンテナ端子のところに置くのはチューナーだけで、テレビ本体はどこに置いてもかまわない。部屋を人間の都合に合せて自由にレイアウトできるし、部屋の模様替えも気軽に行えるようになる。

さらに、液晶テレビが登場してきて以来、だれもが望んでいながらなかなかできなかった「壁掛けテレビ」も身近なものになる。壁掛けテレビが現実に難しいのは、「取付をしっかりしなければならないために施工にかなりの工事が必要になる」ということもあったが、「アンテナケーブルを接続しなければならないので、壁内工事が必要」という煩わしさもあった。それがチューナーとワイヤレス接続であれば、取付強度の問題さえクリアできれば、大掛かりな工事は必要なくなる。壁掛けテレビの工事は、現状では素人には無理で、専門業者に依頼するしかなく、工事費もそれなりの額にならざるを得ない。しかし、アンテナ配線の必要がなくなれば、ホームセンターで強度を確保したキットが販売されるようになり、自分で取付をすることもできるようになる可能性がある。こうなれば、壁掛けテレビは一気に進むだろう。

フリースタイルAQUOSだけを見れば、ちょっと便利で面白いテレビにしか見えないかもしれないが、実はテレビの視聴スタイルを大きく進化させる第一歩になる可能性があるのだ。

ただし、ファーストモデルであるゆえに、いろいろ欠点はある。第一は実売10万円前後という価格だ。現状では、液晶テレビの多くが大型であっても10万円を切っている。フリースタイルAQUOSの機能を考えれば、これを高いというのはちょっと厳しい意見なのだが、やはり他の一般的なテレビの実売価格と比較すると、ちょっと思い切りづらい価格ではある。

もうひとつは、チューナーをインターネットに接続するのにLANケーブルが必要な点だ。LANケーブルでもいいと思う方もいるかもしれないが、一般的な日本家屋では、テレビのアンテナ端子とインターネット端子のある場所は離れていることが多い。テレビ系は部屋の奥に、電話系は部屋の入り口付近に配置するのが従来の常識だったからだ(最新のマンションなどではマルチコンセントになっているケースも増えてきたが、全体の数ではまだまだ多くはない)。そのため、部屋の中にLANケーブルを走らせなければならないという煩わしいことになる。できれば、チューナーからもWi-Fiでネット接続ができればいうことないのだが、ファーストモデルで、この価格で、そこまで要求するのは酷ではあると思う。

もうひとつは、ネット接続可能といっても利用できるサービスはYouTube、Yahoo!などあらかじめ用意されたコンテンツで、パソコンのようにさまざまなサイトを自由に見られるわけではない。

そしてもうひとつがバッテリーの駆動時間が約2時間であるということ。これも「じゃあ、何時間ならじゅぶんなの?」と問われれば答えられないし、コンセントに接続すればいいだけなのだから、大きな問題ではないかもしれないが、たとえば駆動時間が8時間ぐらいになれば、また違った使われ方の展開が生まれてくるだろう。

と、4つばかり"欠点らしきもの"をあげてみたが、逆にいえば、このような重箱の隅的な欠点しかない、完成度の高い製品でもあるのだ。

ワンルームに住んでいる単身者、あるいは一般家庭の2台目のテレビとしては、非常に使い勝手がいい。昼はリビングやキッチンで、寝るときはベッドのそばに、休日の昼間には縁側でと、テレビを見たいときに人がテレビのところにいくのではなく、テレビを人のいるところにもってくることができる。テレビと人間の関係を逆転させることができる。そして、意外に大きいのが「見ないときにはしまっておける」ことではないかと思う。たまには、テレビをしまって、本を読んだり、ラジオに耳を傾けたり、家族でおしゃべりをしたり。それも大切な生活のひとつだ。

私たちの今までの生活は、いつの間にか空間的にも時間的にもテレビが中心になっていた。フリースタイルAQUOSは、それを「人が中心の生活」に戻すきっかけを作ってくれる。だからこそ、私は「テレビは、フリースタイルAQUOSで再び大きな進化をする」と言いたいのだ。

このコラムでは、地デジにまつわるみなさまの疑問を解決していきます。深刻な疑問からくだらない疑問まで、ぜひお寄せください。(なお、いただいた疑問に個々にお答えすることはできませんので、ご了承ください)。

フリースタイルAQUOSの製品情報サイト。現在6月に発売予定されているのは、20v型のみ。色はホワイト、ブラック、ピンクの3色(ピンクは受注生産)。LEDバックライトが採用され、画質、節電、エコなどにも配慮されている。実売価格は10万円前後と予想されている。従来の携帯テレビとはまったく違った新しいテレビスタイルが可能になるポテンシャルをもっている。初代アクオスと同じように、後年、このアクオスから「テレビが変わった」と呼ばれる機種になる可能性がある。ひさびさに、両手放しで絶賛したいテレビだ