地デジに乗り換えた人の多くが不満に思っているのが、リモコン操作の複雑さだ。昨年12月に総務省が行った「地上デジタルテレビ放送に関する浸透度調査」では、地デジを導入した人の73.5%が「満足」と回答し、3.8%が「不満」と回答している。不満の理由でもっとも多いのは「リモコン操作が煩雑」で、38.5%だった(複数回答)。
地デジテレビについているリモコンは、確かにどれも複雑だ。実をいえば、私自身もほとんどテレビのリモコンは使っていない。テレビ放送をリアルタイムに観るということは、サッカーの日本代表戦ぐらいで、その他はほとんどレコーダーを使っているので、レコーダーのリモコンを使っている。レコーダーのリモコンはそう複雑ではないが、それでも、音声を外国語に切り替えたい、字幕を表示させたいなどというときには、さっとできないことがある。
地デジのリモコンを複雑化している最大の原因は、なぜついているのかわからない4色ボタンだ。地デジの運用規定で、リモコンにはつけなければならないことになっているのだが、インタフェースという観点からは、はっきりいって及第点は差し上げられないし、ユニバーサルデザインという観点からは申し訳ないが不可の領域に入るデザインだと思う。
まず第一に、並列的な機能のボタンを並べるときは、必ずボタンの属性と機能に関連性をもたせることが重要になってくる。
たとえば、緑ボタンは「実行」、赤ボタンは「停止」、黄色ボタンは「中止」、青ボタンは「テレビ画面に戻る」などの機能を設定し、使用者が色から機能が連想できるようにしておかなければならない。完璧には無理であっても、可能な限り、この考え方にしたがって、データ放送画面をデザインするような運用規定を作っておけばまだよかった。
しかし、現実には、各テレビ局が「赤は天気」「青は交通情報」などと、データ放送のメニューとてんでんばらばらに結びつけているので、いちいちメニュー内容と色との組み合わせを確かめて、リモコンのボタンを押さなければならないのだ。
データ放送のメニューを選ばせるのであれば、十字キーと実行キーの組み合わせでじゅうぶんであったし、むしろそちらの方が直感的でわかりやすい。よく「お年寄りは、十字キーがうまく使えない」という人がいるが、それは十字キーを使っていないから不慣れということと、お年寄りは不慣れなものを触りたがらないからであって、十字キーが4色ボタンよりインタフェースとして劣っているということではない。むしろ、私の個人的な観察だと、十字キーも使いたがらないお年寄りは、4色キーなどまったく触っていない。「色がついている特殊なボタンを押して、テレビがおかしな状態になったら自分では戻せない」と思っているので、意識して触らないようにしているのだ。
もうひとつ4色ボタンを使うのが、双方向番組でだ。クイズに答えたり、アンケートに答えるときに、「はいの人は赤ボタンを、いいえの人は青ボタンを押してください」などということがある。しかし、このために使うのであれば、「1」「2」「3」「4」と数字にしておくのが分かりやすいし、「○」「×」「△」「☆」といった図形を利用すれば、回答内容と図形を結びつけることができて分かりやすかっただろう。
そもそも、テレビと電話回線を接続して双方向テレビなどを使っている人はどれだけいるのだろうか。地デジ運用規定が策定されたのは2002年。この頃にはもうインターネットが生活の中に入りこんでいた。電話回線で通信をしようなどという発想を見直そうという声はあがらなかったのだろうか。極めて不可解だ。今であれば(当時であっても)、携帯電話でアンケートやクイズに参加するという発想の方が自然で普及しただろう。どうも1980年代のニューメディアブームの頃に考えられた双方向テレビをそのまま実現したとしか思えない。
今のテレビには、この双方向のために、モデムにあたる装置と電話回線用コネクターが装備されている。ものすごく無駄なことをしているように見えるのは私だけだろうか。
また、この4色ボタンはユニバーサルデザインの観点から見れば失格である。ユニバーサルデザインとは、文化、言語、国籍、老若男女といった違いや障害や能力の違いがあっても、だれでも使えるようなデザインをすることだ。
もっとも典型的なユニバーサルデザインは、牛乳の紙パックの上にある扇状の切り欠きだ。ジュースなど別の飲み物も同じ形状の紙パックを使っているため、牛乳には小さな切り欠きをつけて、視覚が弱い人でもすぐに区別がつくようにしている。しかも、この切り欠きは、開け口の逆側につけられる決まりになっているので、健常者でもどちらが開け口かパッとわかるというものだ。ユニバーサルデザインは、身障者向けのデザインではなく、身障者も健常者も使いやすいデザインを目指している。
ユニバーサルデザインの考え方では、「色で識別する」デザインというのは基本的にしない。これは初歩的なことである。色が区別しづらい色覚の人は、主に「赤と緑」の区別がつかない人が多く、少数だが「青と黄」の区別がしづらい人もいる。色が区別しづらい人がどんな風に見えているかは、写真に撮影してフィルター処理をしてやると、簡単に再現できるので、今のプロダクトデザイナーは、みな一度この処理をして、色が区別しづらい人でもわかりやすくなっているかどうかをチェックする。
試しに、テレビリモコンの写真を撮影して、それを色が区別しづらい人がどんな風に見えるかの処理をしてみた。一目瞭然で、ものすごく使いづらいボタンになっていることがわかるだろう。この問題は、運用規定の策定中にも「色覚に問題をもっている人に対する配慮が足りない」と問題になったそうだが、なぜかそのまま運用規定にもりこまれてしまった。
最近では、この問題を配慮して、多くのメーカーが「赤」「青」などという文字も併記するようになっている(運用規定が改訂されて、文字を併記しなければならなくなった)。苦肉の策だが、文字は小さく読みづらい。色覚に問題を抱える人の中には、視力も低下しているケースもあるので、あまり助けにはなっていないように思える。というより、文字を併記するなら、最初から「甲乙丙」とか「ABC」とかの文字ボタンにしておけばよかった。
この4色ボタンの問題について、メーカーは批判的なことをいわない(あるいは立場上いえない)が、内心では間違いなく頭を抱えているはずだ。テレビメーカーは、できれば高級機をたくさん売りたい。そのためには、リモコンも高級感のあるデザインにしたい。そのとき、原色ボタンを4つ配置しなければいけないというしばりは、デザイナーたちは「勘弁してくれよ」といいたいはずだ。
4色ボタンの運用規定を緩くして、搭載するかどうかはメーカーの判断にまかせるか、4色ボタンをマスクする(カバーの下に隠して必要なときだけ開けて使う)方式を認めるべきだ。
リモコンの使いづらさは、4色ボタンの問題だけではない。次回は、「じゃあ、どういうリモコンを選べばいいのか」という話をしたい。
このコラムでは、地デジにまつわるみなさまの疑問を解決していきます。深刻な疑問からくだらない疑問まで、ぜひお寄せください。(なお、いただいた疑問に個々にお答えすることはできませんので、ご了承ください)。