ビッグニュースが飛びこんできた。あのアマゾンが米国で映画とテレビ番組の配信を始めたのだ。約5000本の映画とテレビ番組を購入またはレンタルできる。レンタルは3日以内に見る仕組み。価格はコンテンツによって異なるが、レンタルが3ドル、購入が10ドル前後だ。テレビ番組の場合は、購入のみで、1話が1ドル、全話が10ドル程度。さらに、いちばんの注目がプライム会員で、年間79ドル必要だが、ほとんどの映画、テレビ番組の視聴が無料となる。
視聴はパソコン、TiVo(米国で普及しているテレビ用のセットトップボックス、つまりテレビで見られる)、ポータブルデバイス(iPhone、iPadや携帯電話など。ただし、レンタル視聴は不可)。つまり、年間6500円程度、月600円弱で、映画とテレビ番組がほぼ見放題になるのだ。このプライム会員になってしまえば、ダウンロードし放題だから、見た映画やテレビ番組は削除してしまって問題ない。もう一度見たくなれば、もう一度ダウンロードすればいいからだ。
唯一気になる点といえば、ダウンロードに1時間程度の時間がかかること。すぐに見たいというときは、ちょっと面倒だが、まあ、レンタルDVD店に行くことを考えれば、さほどの面倒でもないだろう。なお、残念ながら、日本でのサービス開始は未定。米国アマゾンに日本人も入会することはできるが、映画やテレビ番組の視聴はできない。
アマゾンの最大のライバルは、すでに日本でもサービスが始まっているApple TVだろう。日本では映画のみの配信で、レンタルが500円程度、購入が1500円から2500円程度だ。米国ではテレビ番組の配信も行われている。価格面では、圧倒的にアマゾンが有利だが、Apple TVでは、パソコンでもMacでも、iPad、iPhoneなどのアップル製品で見られる他、Apple TVを購入すれば、テレビでも簡単に見られる。ダウンロードや再生の手順がわかりやすく、パソコンに不慣れな人でも、簡単にレンタルできるのが特徴だ。使いやすいApple TVと低価格のアマゾンが、米国では激突することになる。
ところで、日本ではあまり知られていないが、もうひとつ強力なのがHuluだ。HuluはABC、NBC、FOXといったテレビネットワークが参加しているサイトで、なんといっても強みは「無料」であるということ。日本でもよく知られている米国ドラマの主要なものは、無料で視聴でき、しかも放送後24時間でアップロードされる。
ただし、見られるのはパソコンのみで、広告が映像に挿入され、早送りで飛ばすことはできない。また、放送後数ヶ月で、その番組は見られなくなってしまう。といっても、見逃した番組を見るために、HDDレコーダー感覚で使うのにはじゅうぶん。また、月額7.99ドルのHulu Plus会員も用意され、こちらになると、ドラマなどの全エピソードが永久に見られ、さらに、スマートフォンで視聴したり、ゲーム機やTiVo経由でテレビで視聴することもできるようになる。
これは、その人の嗜好にもよるのだろうが、私個人は、映画のネット配信にはあまり魅力を感じていない。テレビ放送されたものを録画しておけば、それでけっこう満足しているし、どうしても見たい映画は、レンタルDVD店に足を運んでも、さほど面倒には感じていない。
しかし、テレビ番組は、早く日本でもネット配信を始めてほしいと願っている。特に海外ドラマだ。米国や韓国のドラマは、非常に質が高く、楽しみにしているのだが、放送では週に1回が基本なので、ストーリーを忘れてしまったり、気持ちが冷めてしまったりするのだ。できれば、週末の時間のあるときに、3本とか4本を連続して観て、その世界に思いっきり浸りたい。また、あるドラマのいい評判を耳にしても、放送だと途中から見るしかない。ネット配信なら、第1話から順に見ていける。レンタルDVDを借りてきてもいいのだが、観たい話数が先に借りられていたりすることも多い。連続ドラマこそ、オンデマンド視聴が適しているのだ。
米国FOXの大ヒットドラマ「24」は、かなりの人が観たはずだ。あのドラマのヒットは、DVD発売による「オンデマンド視聴」スタイルと切り離して語ることはできない。ほとんどの人が、徹夜して何話も観てしまったのではないだろうか。脚本が優れていて、次が観たくてしかたなくなるように視聴者をうまく誘導していく。しかし、冷静に眺めれば、脚本のアラもけっこうある。主人公のバウアー捜査官の家族や同僚は決まって間が抜けていて、余計なトラブルばかりを引き起こし、バウアー捜査官が後始末をしなければいけなくなる。週一のドラマであれば、そういう部分でしらけてしまうのかもしれないが、一気に観ているときは、そのアラでさえサスペンスとなって引き込まれていく。
ちょうど、漫画を週刊雑誌で見るか、コミックで見るかのような違いがあるのだが、テレビは今まで週刊雑誌で見る方法しか提供していなかった。レンタルDVDやネット配信は、コミックで見るのと同じ「その世界に入りこむ楽しみ方」を提供してくれるのだ。
では、日本のドラマも、米国と同じようにネット配信、オンデマンド視聴になっていくのだろうか。結論からいうと、道はきわめて険しい。それは、日本と米国ではドラマの制作と放送の仕組みが異なっているからだ。米国では、ドラマは製作プロダクションが制作をする。そして、プロダクションは、完成したドラマを放送局に販売をする。さらに、ケーブルテレビに販売する、ネット配信サイトに販売する、DVDを販売をするというように、プロダクションの意思でどこにでも売れる。プロダクションはメーカーで、売り先を自由に決められるのだ。
一方で、日本は、建前上テレビ局がドラマを制作する。実際は、製作プロダクションに製作を委託するが、あくまでもそれは下請け製作だ。つまり、製作プロダクションは、テレビ局に納品するだけで、自分の意思で他の配信ルートに販売することはできない。テレビ局は、ライバルである他局やケーブルテレビ、配信サイトに販売することは、基本的にありえない(年数が経って、コンテンツの価値が低下したものを転売することはある)。
これは、ガラパゴス携帯電話の構造とよく似ている。SIMフリーのスマートフォンは、メーカーがキャリアを自由に選ぶことができるので、海外のキャリアにも販売できる。しかし、日本の携帯電話は、建前上、キャリアが携帯電話も製造して販売している。メーカーは、キャリアの下請けとして製造して納品する。他のキャリアに勝手に販売することはできない。そのため、海外展開などをするには、仕様変更などの余計なコストがかかってしまうのだ。ある意味、日本のテレビドラマもガラパゴス化してしまっているのだ。
アマゾン、Apple TV、Huluは米国内だけでビジネスをしなければならないという決まりはない。すでにApple TVは、映画については、日本でも配信を始めている。アマゾン、Huluもビジネスになると判断できれば、海外展開をしてくることだろう。当然、日本でのサービス展開も大いに期待できるのだ。そうなれば、海外ドラマが無料あるいはそれに近い価格で見られるようになる。
日本のテレビ界は、地デジ化一色になってしまっているが、この黒船が襲来したら、テレビ業界はひとたまりもないのではないだろうか。すでに米国の放送のトレンドは、電波からネットに移行しているのだ。実は、テレビ放送をデジタル化することの意味は、デジタル化することによって、電波以外の媒体でも配信でき、配信チャンネルが広がることに意味があるのだ。制作側には大きなビジネスチャンスであり、視聴者側は番組を自分の都合にあわせて観られるようになる。
ところが、日本の地デジ化は、アナログでやっていたアンテナtoアンテナを、ただデジタルに置き換えるだけで、放送以外のチャンネルに流れることはできるだけ防ごうとしている。これでは、ドラマの製作プロダクションの収入は増えないし、視聴者も便利にならない。ただ、テレビメーカー、放送設備メーカーが買い替え需要で、一時的な利益を得るだけだ。米国のテレビ事情を知れば知るほど、地デジカのあのキャラクターにもっと頑張ってほしいと思うのは、私だけだろうか。
このコラムでは、地デジにまつわるみなさまの疑問を解決していきます。深刻な疑問からくだらない疑問まで、ぜひお寄せください。(なお、いただいた疑問に個々にお答えすることはできませんので、ご了承ください)。