今回のテーマは「不動産会社の思い出」である。

不動産会社の思い出と言っても、今まで1回しか関わったことがない。結婚して最初のアパートに引っ越す時だ。もちろん、不動産会社に当てなどないので、私の自宅から徒歩2分の不動産会社へ夫と向かった。

その不動産会社や、一言で言うと中華テイスト、店主はまず「とても身体にいいお茶だ」と言って中国茶を淹れてくれた。完全に普通の不動産会社と一線を画している。他の不動産会社は知らないが、それだけは分かった。

だがそれ以後、何も起こらなかった。普通にそこから仲介されたアパートに住み、普通に2年くらい住んで、普通に出た。若干ビジュアルが不動産会社らしからぬだけで、後は至って普通だった。

もちろん、ネタにできず残念などとは思っていない。これから住居という、かなり重要な要素を決めようという時、頼る相手がオモシロい人でいいことなど、ひとつもないではないか。たかだか、1回や2回のコラムのネタのために、ロボットレストランのような家には住めぬのである。

エッセイを書く人間にとって、変わった人やオモシロい人と出会うというのはラッキーなのかもしれないが、私は一瞬でも「オモシロの人だ」と思ったら全力で避けてしまう。好きな言葉は「マニュアル対応」だ。

よって、私のエッセイを読み返してみると他人のことがほとんど書かれておらず、かといって実体験でもなく、8割が脳内で起こったことという、果たしてエッセイと言っていいのかという状態になってしまっている。他人のことを書くとしたら、裁判になりづらいであろう身内、または殺しても罪にならないと法律で定められている「担当」という生き物のみである。

そんなわけで、不動産会社についてはそんなに思い出はないのだが、家を建てる時はそれなりに大変だったし、引っ越しも二度としたくないと思っている。だが現在、私は夫とふたり暮らしである。何かが勝手に住まない限りは、人員が増える見込みがない。将来どちらかがひとりになった時、一戸建ては明らかに手に余る。

電機屋に勤めていた知人曰く、老人が単身者用家電を買いに来ることが結構あるそうだ。おそらく独居になったため、家などを手放し、手狭なアパートやマンションなどに引っ越したからだろう。では、二体以上にならない我々は、「買うにしてもマンションで良かったのでは」と思うだろう。私も思う。

しかし、買ってしまった以上、「いつかコンクリで埋めてやるからな」と、「抗争相手かよ」というような憎悪を雑草が生える庭に抱きながら、20年以上残っているローンを払うしかない。払い終わった時、アパートなどに引っ越せる費用があるかは未定である。

こういう馬鹿としか言いようがない話を聞くと、「自分が家やマンションを買う時は比較、精査、熟考して買おう」と思うかもしれないが、「不動産を熟考して買う」というのは相当ガッツがいるのだ。なぜなら、コミュ症からしてみたら、別の生き物としか思えぬ「営業」と戦わなければいけないからである。

しかも、ハウスメーカーの営業というのは、高額な商品を売るだけあって「営業族」の中でも相当レベルが高い。「会った瞬間、次会う日時が決まっている」ほどだ。コミュ症からしたら、何が起こったかすら分からない、ポルナレフ状態だ。

もちろん、押しも強い。もしハウスメーカーを何社も比較しようと思ったら、一体でも強い営業を何体も相手しなければいけなくなり、ファミコン版ドラクエIIのロンダルキアのごとくなってしまう。よって、家を買った人間を見ると、大体が一件目で「ここでいいや」となってしまっている。本当にここでいいかは別として、疲れてしまっているので、「どこも大して変わらない」「屋根はあるはずだ」と、己を納得させてしまうのである。

よほど強い意志を持ち、ノーや不悪口と、はっきり言える日本人ならいい。しかし、出掛けた先で永遠に「これからどうする? どうする? 」と言いあっているようなカップルは、その日の内に家を建てることになりかねないので、買う気がないなら、冷やかしや見学など絶対行ってはならない。もはや、「今日から住む」ぐらい、確固たる家を買う意志がない限りは行かない方がいい。

「自分は冷静に選んで買う」と思っていても、生活感ゼロのオシャレなモデルルームを見せられ、アレフガルドにいるようなレベルの営業に押されたら、なかなかそうはいかないものである。「そんなことはない」と思う夫婦・カップルの方はぜひ、今週末にでも住宅展示場に足を運んでみるといい。そして、そのまま我々のように30年ローンを組んでほしい。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。