今回のテーマは「トイレの使い方」だ。
こいつは命知らずだ。私に便所の使い方を聞くのは、手先が不器用な殺人鬼に人のバラし方を聞くに等しい。少なくともキレイな話にはならないし、場合によっては「R-18」になる可能性がある。とにかく汚い話になる可能性が高いので、具体的状況についてはあまり言わないようにするが、私は再三、家人から「トイレをもっとキレイに使え」と怒られている。
ちなみに、私は小学3年生の男子とかではない。アラサーと名乗ったら、28,9歳の女が血相変えて怒り出すであろう年齢の女だ。怒られる度に「不徳の致すところです」と謝り、反省はするのだが、ほとぼりが冷めるとまた犯行を繰り返し、また怒られている。加えてだが、私は犬とかではない。ワンちゃんだったら1回で理解するし、家族にも「犬だったら許せるのに」と思われているだろう。
私の夫だけでなく、家族のトイレの使い方に憤懣やるかたない気持ちを抱いているトイレ掃除担当の方は、大勢いらっしゃるだろう。そして、その惨状を見る度に、「この仕事を始めて長いが、こんな酷い現場は初めてだ」「犯人は正気じゃねえ」と、ソフト帽を深くかぶり直しながらつぶやいていることだろう。
では、正気じゃない犯人側から、なぜこのようになってしまうかを説明したい。説明はいらんから、キレイに使えと言われるかもしれないが、何事も原因究明なくして解決はない。
まず、ご存知の通り、トイレというのはたったひとりの戦争。つまり、全員ランボーである。大将のこめかみを一発。いつでもそんなスピーディでクールな戦いができればいいが、どんな精度の銃にも暴発は起こるし、「梅雨時の火縄銃かよ」というぐらい、発射に時間がかかる時もある。「やっと発射したかと思えば空気銃でした」なんてことも、戦争では良くある話だ。
ゲリラ戦からの篭城戦。弾だって毎回違う。明らかに、口径よりでかい弾が充填されてしまっている時だってある。もう、弾というより、火炎放射器だろうというような出方をすることも珍しくない。
つまり、トイレというのは戦場かつ生放送なので、どんなに気をつけていても事故は起こる。「悲しいけれどこれが戦争」なのである。だが、それはイチイチ説明されなくても、トイレをキレイに使う人も理解しているだろう。
当然、トイレをキレイに使う人全員がゴルゴで、銃がライフル、というわけではない。散弾銃を持ってうまれて来た人もいるだろう。事故る時は事故る。ただ、キレイに使っている人は、事故っても後始末をしているのだ。
例えば、部屋で凄惨な殺人事件を起こしてしまったとする。普通だったら後片付けをして、何事もなかったようにしてから部屋を出るだろう。それをなぜ、死体も血しぶきもそのまんまにして部屋を出て行けるのか、全く解せない。これがトイレをキレイに使う人の意見だと思う。
では、正気じゃない犯人がなぜ、現場をそのままにして去っていけるかを説明しよう。よくハリウッド系アクション映画で、爆発を背に登場人物がこちらに歩いてくるシーンがあるだろう。大体あんな感じである。1回も振り返らないから、死体とか血しぶきとかそもそも見ていないのである。
だが、上記のシーンがなぜクールに見えるかというと、「振り返らない」からだ。これがイチイチ登場人物が爆発具合をチラチラ確認していたり、「そういやガスの元栓締めたっけ」と小走りで戻っていったりしたら興ざめである。「終わったことだから振り返らない」。もう登場人物の頭には次のミッション、もしくは今夜、金髪美女ととるディナーのことしかないのだ。超クールである。つまり、正気じゃない犯人は、「トイレ」という「タスク」を考え得る限り最もクールにこなすため、汚したまま去るのだ。
もちろんウソだ。
トイレに限らず、後片付けができない人間というのは「重度の確認嫌い」が多い。何かをやったら「やった後」のことは見ない。すぐ「次やること」を考え始める。
学生時代、テストでどんなに時間が余っても見直しをせず、その結果、ケアレスミスでかなりのマイナスがあった。今も文章を書いた後、読み返すのが苦痛でならないので、相当誤字があると思う。しかし、これは常に「前を見ていたい」というポジティブさなのだ。
よって汚いトイレを見たら、「これは前向きさの表れだ」と思って、苦しまないようにこめかみをライフルで一発やっていただけるとありがたい。
筆者プロフィール: カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。