今回のテーマは予告どおり「丁寧な暮らし」だ。
まず、丁寧な暮らしとは何か、それは実際、丁寧に暮らしているやつは絶対使っていない言葉だ。では、誰が使っているかというと、丁寧な暮らしを今からしたいやつだ。
具体的に言うと、応仁の乱後みたいな部屋に住んでいて、起床時間と出社時間の差が5秒、毎日やりがいのない仕事で忙しい、将来が芥川龍之介よりぼんやりした不安、その不安によるストレスをコンビニ菓子かやソシャゲのガチャで解消、なぜ金がないのかが分からない、若くない。そんなやつのうわ言第一位が「丁寧な暮らしがしたい」である。ちなみに、同率一位が「ほっこり生活」だ。
加えて、こういうタイプは「リセット」とか「デトックス」とかいう言葉も大好きだ。とにかく、今までの雑な生活はなかったことにし、毒素を排出し、明日から丁寧で上質な暮らしをしたいのだ。私もしたい。
現在まさに、ドクソとしか言えない生活をしている。まだ2017年だというのに、「一人世紀末」の様相だ。部屋が汚いのはもちろん、主食は"ペペロソチーノ"か、ソース味の何かだ。こんなの、メンのヘルにも、フィジのヘルにもいいわけがない。完全にHELLsであり、複数形だ。今すぐ、豆がやたら入ったスープを白い皿と木のスプーンで食うべきであり、うまかっちゃんを鍋から直食いなんてもっての他だ。
確かに、何事も雑よりは丁寧な方がいいような気がする。しかし、それは今の雑な生活の原因が何かにもよる。本当に忙しく、疲れていて、体力・気力がなく、生活が雑になっている場合は改善の余地がある。生き方を考え直し、今すぐ血を4分の3ぐらい抜いて、グリーンスムージーでも注入した方がいいだろう。
だが、時間・体力があるなしに関わらず、元が雑な人間がいる。漢字一文字にすると「雑」か「乱」になるやつだ。「三つ子の魂百まで」というが、私は本当にリアル3歳頃からその雑さを遺憾なく発揮していた。
塗り絵ひとつとっても、最初こそ、はみ出さずにキレイに塗ろうとしているが、30秒ぐらいで、枠にとらわれない、破天荒な塗り方をし始めるし、また、色を使い分けるのが面倒くさいので、全部同じ色で塗るのだ。結果、今で言うプリキュアみたいなキャラも、全員ナメック星人になっているのである。
兄が割と几帳面な性格だったため、親から再三その雑さ、飽きっぽさを注意されてきたし、直そうと思ったこともあるが、一度も額に彫られた「乱」の文字が消えることはなかった。そういうナチュラルボーン雑な人間にとって、「丁寧」というのはストレスなのである。
なぜ、途中まで丁寧に食器棚を整理していたのに、突然ぐい飲みの上に、丼を重ねてしまうのか。もちろん、ストレスが溜まったからだ。ストレスが溜まったら、そのストレス対象を破壊するしかない。俺さまにストレスを与える丁寧の野郎を、ムチャクチャにぶっ壊してやるしかないのだ。
これは聖戦だ。いきなり我が領地を侵略してきた「丁寧」を駆逐し、安住の地「雑」を取り返さなければいけない。そのために、買ってきた観葉植物を兵糧攻めにして枯らしたり、オシャレな本棚に本を立てたりするのではなく、本棚の上に本を横に積み重ねていき圧殺したりするのだ。
つまり、元々雑な人間にとっては、物事を雑に扱ったり、投げ出したりすること自体がストレス解消であり、快適なのだ。よって、「丁寧」をやると余計毒素が溜まるのである。その毒素を抜くには、途中まで50音に並べたCDをラックごと窓から投げ捨てるしかない。その結果、部屋や生活が荒れるので、「丁寧にしなきゃ」などと思ってしまうのだが、それはさらなるストレスを呼び起こすにすぎない。
よって、そういう人間には「丁寧な暮らし」よりは、まだ「ミニマリスト」の方が向いている。あれは、いらないものは全部捨てろという思想なので、全てを窓から捨てたくなっている雑人間にはぴったりだ。丁寧がいいことなのは確かだが、それが生まれながらに絶望的に向いていない人間がやっても意味がないし、そういう人間は雑に暮らした方がまだ、メンのヘルが保たれるのだ。
よって、丁寧な暮らしに対抗する「雑な暮らし」を提唱したいのだが、雑な暮らしには大きな欠点がある。見た目がすこぶる悪いのだ。むしろ、なぜ、みんな丁寧な暮らしをしたがるかというと、見た目がいいからだ。
家具という家具に、脱いだ服が重ねられて、もう家具がオシャレかどうかも分からない。そんな部屋でもオシャレに見える、「雑な暮らし」の提唱者求む。
筆者プロフィール: カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。