今回のテーマは「家具のこだわり」である。
「そんなものはない」
今のは当然、横山三国志の関羽の顔で言った。ちなみにこれを書いている今、横山三国志が全巻無料で読めるという破格のキャンペーンが行われているのだが、これが掲載される頃には完全に終わっている。何をするにも間が悪い。
ともかく家具にこだわりはない。さらに言うと、何にもこだわりがない。「ペペロソチーノソースは200円以下が好き」とか、「甘いパンはローソンがうまい」ぐらいはあるが、300円の"ペペロソ"もファミマのパンも、出されれば食う。
しかし、こだわりなんてものはない方が生きやすいのである。世界が『北斗の拳』みたいになっても、「エビアンしか飲めない」とか言っていたら、モヒカン肩パッドに火炎放射器で焼き払われる前に死んでしまう。他にも衣服だったら、「3年以上前の服で外出するぐらいなら死を選ぶ」みたいな人もいるだろう。その基準で行くと、私は毎日死んでいる。つまり、こだわりがある=死である。
しかし、こだわりがあった方がいい場合もある。なぜなら、全くこだわりがないと生活が荒むのだ。逆に言うと、世界が『北斗の拳』にならない限りは、こだわりはあった方がいいと言えるのだ。そして私は今、いつかやってくるであろう世紀末に備え、ひとりで荒んだ生活をしている。
まず、こだわりが一切ないと、物を大切にしない。壊れたら買い換えればいいぐらいに思っている。しかも、その壊れ具合も半端では買い換えない。木っ端微塵レベルだ。こだわりがないので、多少の破損は気にならないのだ。
現に私の仕事机は、キーボードを置く台のネジがすでに2本ない。そのネジはどこにいったは不明だ。おそらく、片付けられないやつの部屋に必ず存在するブラックホールに吸い込まれたのだろう。
つまり、キーボードの台は現在残り2本のネジで支えられており、落下は時間の問題である。ある日、朝起きたら、台ごとキーボードが床に落下しているのだ。床もあまり無事ではないだろう。そんなの見たら、もうその日は閉店である。
このように、こだわりのない生活は「なんかの残骸」か「もうすぐ残骸になるもの」で構成されているため荒むのだ。しかも、そうなったとしても、机自体はまだ使えるので買い換えないだろう。キーボードは多分膝あたりに置く。荒むばかりかどんどん不便になっていくのがこだわりのない生活だ。
それはこだわりがないのではなく、「ただのものぐさでは? 」と思われるだろう。確かにそれもある。しかし、ものにこだわりがないと、ものを新しく買うのがすさまじく苦痛なのだ。おそらく、新しい机を買う場合、普通の人なら少なからずワクワクがあるだろう。インテリアにこだわりがある人なら熟考するだろうし、その時間もまた楽しいはずだ。
しかし、こだわりがないとそれが全て苦痛なのだ。選ぶ時間、買う時間、搬入設置時間、そして出て行く金。全部キツい。だから、できれば今あるもので死ぬまで済ませたいと思っている。今あるどの家具よりも先に、自分が死にたいと思っている。
少し前、仕事部屋の椅子の皮が経年劣化し、ボロボロはがれるようになった。もちろん、私はそのぐらいでは買い換えない。骨だけになるまで座るが、はがれた皮で床が尋常じゃなく汚れるため、家人から物言いがつき、その椅子は捨てることになった。しかし、新しい椅子は買わなかった。それよりさらに古い椅子を持ってきて入れたのだ。日々是、グレードダウンである。
さらにやつらは、ムキ身でくればいいのに、大体何かに梱包されているのだ。それが家具や家電になると、梱包材もでかくなる。それの処理を考えると、「もう俺は床に座らせてもらう」と言いたくなる。
そんなの分別して捨てればいいだけだと思われるかもしれないが、それができない人間だから言っている。中身を出したら、そのガワはとりあえず、そこらへんに置く、というのがこの私だ。だから私は、楽しみにしていた「刀剣乱舞」のへし切長谷部のフィギュアが届いた時でさえ、しばらく空けなかった。開けてしまったが最後、そのダンボールが私を苛みだすのだ。
ここまで書いて、「私はもしかして何かの病(ビョウ)なのかな」という気がしてきたが、ともかくものを買うのが好きではない。ではさぞかし、金が貯まっているだろう、と思われるかもしれないが、家中の家具が買い換えられるほどソシャゲに散財してしまっている。
しかし、ソシャゲはいい。得られるものがJPEGであり、物量がゼロだ。ダンボールにも入っていない。私の部屋も心も荒ませない。つまり、ソシャゲは私のようななんかの病(ビョウ)の人間でも、積極的に経済に参加できるという大発明なのである。
筆者プロフィール: カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。