漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

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今回のテーマは「趣味」である。

社会のコンプラ意識が高まったことにより、あまり個人的なことを相手に尋ねない方が良いという風潮も高まってきている。

配慮がされるようになったのは良いことだが、何を言ってもセンシティブな気がして、初対面時には双方無言、最初に動いた方が死ぬ決闘みたいな空気になってしまうことも増えたのではないかと思う。

コミュ症にとって「初対面の人間との会話に困る」というのは、初発で恋人の有無を聞いても許された時代から困っていることなので、それが「もっと困る」になっただけである。

だが「無言」というのは、相手も黙っているから発生するものであり、自分だけが責任を感じることではない。

そう言われてなるほどと思ったのだが、よくよく思い返してみると最初から双方無言だったわけではなく、相手が気をつかって投げてきた会話のボールをこっちがキャッチするだけで投げ返さず、全部懐にしまっていった結果無言になっているケースが大半なので、やはり過失割合はこちらの方が9:1であり、保険会社も渋面だ。

そのうち「天気の話」ですら「気候というのは人によって感じ方が違うのに『今日は暑い』という己の主観を相手に押し付ける配慮に欠けた行為」としてNGになる可能性がある。

そうなれば「趣味」を聞くなんてもってのほかである。

そもそも趣味とは「行うと精神的に高揚する行為」である。それを尋ねるのは性癖を尋ねているのと同義だ。

どれだけ仲の良い相手でもこちらから聞くべきではなく本人が「実は俺、天気が良い日に外を歩くのが好きなんだよね…」とカミングアウトしてくるのを待つべきであり、たとえそれ以前に「こいつ家で洋画のDVD見るの好きなんだろうな」と気づいていても、黙っておくのが配慮である。

そんなわけで今回の「趣味」というテーマは、実にセンシティブな話題である。

相手が私だったから良かったものを、他の作家だったら訴訟沙汰だっただろう。以後気を付けてほしい。

実際「趣味を知られるのは恥ずかしい」と思っている人は結構多い。

「休みの日は全裸に女児向けアニメのキャラ絆創膏を乳首に貼って同アニメを鑑賞するのが趣味です」など、趣味自体が世間的に見て若干恥ずかしいという意味ではなく、たとえ読経が趣味でも己の嗜好を知られること自体が恥ずかしいのである。

また趣味の話をしたことで、それを無理やり広げられるのも困る、というのもある。

漫画家もうっかり自分の職業を明かしてしまったことにより、良かれと思って「何描いてるんですか」と問われてしまうことがある。

この時点でママ友相手に「コミックLOでそこそこのポジションにいます」とは言いづらいし、作品名を言ったところで、アニメ化でもしていない限り相手が知っていることはまれであり、余計気まずくなってしまう。

よって「趣味は読書」と無難なことを言っても「何読んでいるんですか」と聞かれてしまえば「ゴーマニズム宣言」と言っていいのか迷うし、相手が全く知らない作品だと、相手はさらに「どんな本なんですか」と聞いてくる可能性が高い。

その結果「相手が興味のないことを長々語っている人」という強制キモオタムーブをさせられる恐れがある。

私も昔面接で「趣味は読書」と言ったら「最近読んだ本は」と聞かれたので「東海村原子力発電所事故についてのルポです」と答えたら変な空気になってしまった

本と言うのは数が膨大なため、自分があげた本を相手も読んでおり、話が盛り上がるというケースは意外とまれだったりする。

だからと言って「桃太郎」など、超メジャー作品をあげれば「私も読んだことある!」と盛り上がれるかというと「よくそれで趣味が読書とか言えるな」みたいな雰囲気になってしまうのだ。

しかし、コミュ力のある人間なら「俺は雉派だけど何派?」というスーパーレシーブで話をつなげていけるのだろう。

逆にコミュ症はたまたま同じ本を読んでいるというナイストスが上がっても、棒立ちで拾えないのだ。

それに相手はそこまでこっちの趣味を知りたいわけではなく、ただ無言もどうかと思うので聞いているだけであり、それに対して「そのようなセンシティブな話題は」などと言い出す相手に対してはむしろ自衛の意味で「無言」がベストだったりする。

「沈黙は金」というのは黙っていれば失言もしない、という意味でもあるが、相手がナイーブ反社会的勢力だった場合、何を言っても深読みして「心が骨折した損害賠償を請求する」と言ってくる場合があるので、満員電車でつり革を両手持ちするのと同じ意味でも推奨されている。

よって、初対面の相手と終始無言のまま終わっても、それは失敗ではない。

「お互い被害を最小限に抑えることができた」のである。