漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。
今回のテーマは「薬」である。
「薬についてどう思う?」と聞かれたら「好き」と答えざるを得ないのだが、薬というのは本来病気などのマイナスをゼロに戻すためのものだ。
どこも悪くないのに飲んだところでプラスにはならないし、最悪健康を害すまである。
しかし、薬によっては、ネガティブなことすら考えられないほど頭がぼんやりできたり、なぜかハッピー寄りになれたりするものがあるため、ついどこも悪くないのに飲み過ぎたり、依存したり、果てはそれなしでは何もできなくなってしまったりする人間もいるのだ。
料理に使えば便利なだけの包丁で人を刺してみたり、本来有益なものを用途外のことに使って不幸になるのは人間の得意技である。
病気を治すための薬で別の病気になってみせるぐらい朝飯前なのだ。
しかしこの「定められた用途を守らない」という人間の愚かさがあってこそ「電マがマッサージ以外のことに使える」という世紀の大発見に繋がったのである。
この他の動物にはない人間特有の愚かさは「発想力」そして「チャレンジ精神」とも言えるのだ。
フグだって他の動物なら毒があるとわかった時点で一切食わないはずである。
だが人間は愚かなのでフグを食って死んだ奴を見たにも関わらず「毒があるところだけ取り除けば食えるんじゃね?」という発想に至り、何人か本当にチャレンジして死んだことにより、今の高級魚として流通するフグが存在するのである。
人間が賢かったらいまだにフグは「ドククソザコ」と呼ばれ、漁の邪魔者扱いだっただろう。
それを考えると、毒がない上に食えるとわかっているものを「バフンウニ」と呼び続け、さらにそれを美味いと言って食っている人間のスカトロ精神がますますわからなくなってくるが、その「変態性」こそが、人間の技術を進歩させてきたといって良い。
それなりの変態でなければ「腹を割いて悪いところを取れば病気が治るのでは」という発想を実行に移せるわけがない。
進歩のためには未知に挑む先人が必ず必要であり、チャレンジした結果普通に死んだり、周りに愚か者扱いされたりすることもある。
だがその愚かさこそが他の動物より劣っている点であり優れている部分でもあるので、人間として思いついたことへのチャレンジ精神は忘れないでほしい。
ただ薬に関しては開発段階でトライアンドエラーを繰り返した後我々の手元に届いていると思うので、その段階で「この1日3錠までと書かれた薬を1瓶飲んだらどうなるか」などのチャレンジ精神を発揮しても医学的には「3日に1回のペースで運ばれてくるタイプの患者」でしかない場合があるので、その意欲は他の分野に使った方が良い。
薬の使用方法というのは市販薬でも馬鹿にできないものがあり、守らないと大変なことになる場合もあり、特に塗り薬には気をつけてほしい。
夏と言えば「股間にハッカ油を塗ってみた人」である。
暑くなるとどこからともなくTwitterに現れ、毎回バズっていたりするのだが、そんな先人の「絶対やるな」という忠告を無視して、夏が来るたびまた現れるのだ。
もはや稲川淳二と並んで夏の季語入りしても良いと思うのだが「股間にハッカ油を塗ってみた人」の時点で五七五を超えてしまっているので俳句界的には認められないのかもしれない。
ハッカ油の用途はさまざまだが、公式HPを見ても「股間にお塗りください」とは一言も書かれていないし、むしろ「粘膜に塗らないでください」とちゃんと書かれているので、それを無視したら大変なことになるのは当たり前である。
このように「○○に塗らないでください」という注意を無視すると思ったより大変なことになりがちなのである。
私は去年から目の端から汁が出るという奇病に冒されているのだが、病院に行くのも面倒だったのでとりあえず市販の薬で何とかしようとドラッグストアに向かった。
しかし市販の塗り薬というのはそのほとんどに「目の周りに塗らないでください」と書かれているのである。
さすがに、塗るなという忠告を無視し、夏の季語になって上から花火を見下ろすaikoムーブをする度胸はなかったので、何とか目に塗るなと書かれていない薬を見つけて使用していたのだが、当然のごとくその薬を無くしてしまい、ついそこらへんにあった「消毒薬」を塗ってしまったのだ。
その結果、夏の季語になってしまったため、翌日朝イチで眼科に行ったところ「目の周りに塗る用の薬」が処方され、症状も良くなった。
やはり薬は病院でもらうものが最強である。しかし、それを入手するまでに病院のロビーに2時間籠城など、道のりが長すぎるのだ。
市販で同じものを手にいれられるようにしてほしいと思うが、簡単に入手できるとなったらまた「これを股間に塗ったら」というチャレンジ精神が芽生えて病院を混ませる原因になるような気がしてならない。