今回のテーマは「父の日・母の日」だ。

実家が近い割には滅多に顔を見さない私だが、父の日と母の日だけは実家に帰っている。なぜと言われたら「去年も来たから」だ。意表をついて今年は行かないというジョークは親相手でもしない方がいいというぐらいは分かるし、義理の両親や他人にはもっとやらない方がいい。むしろ、こういうことは一度やったら永久にやらないと角が立つ。場合によっては無間地獄だ。

顔を見せると言っても、もちろん手ぶらではない。贈り物を持っていく。しかし、私はいまだに親に思春期や反抗期のような態度をとる割には、親に対し人一倍甘えと驕(おご)りがある。つまり、父・母の日に娘が顔を見せに来ただけでうれしいだろうし、どんなゴミを持ってきても感極まるに違いない、と思っているのだ。貴様は孫かよ、というようなスイートな思考だ。

実際持っていくのは、産廃や、三角コーナーに入っていたもの、というわけではないが、端的に言うと2,000~3,000円のものである。だが、たかが数千円にも関わらず、何を買うか毎年悩むのである。

みなは贈り物として何をもらったら一番うれしいだろうか。恐らく金、または石油だろう。しかし、誰が言い出したか知らないが「金では心がない」「石油をタッパーに入れて渡すのは見た目が悪い」という理由で、確実に現ナマを贈るのが正しいとされているシーンは結婚式か葬式ぐらいしかない。

それすら現金ではなく、「各々が考えた最強の贈り物」を出すのがマナーになったら、誰も結婚式や葬式なんかやらなくなる。絶対、七人の小人を模した陶器の置物(カラフルなキノコつき)とかを贈ってくるやつがいるからだ。そうなるとこちらも、ふたりのツーショット写真をあしらったテレカで応戦する他なくなる。

現金の方がこちらも悩む手間が省けていいのだが、もちろん物を贈るという行為にも利点がある。心が込められるなどという骨が溶けそうな理由ではない。500円玉ならどうがんばっても500円の価値しかないが、500円で買ったものなら「5,000円のツラ」で渡すことができる。

よって、いつもいかに安価で高価そうなものを買うかで迷うのだ。母親には、大体花か、菓子をあげている。花だったら意外とデカイ生花などより、こじんまりとしたケース入りのプリザーブドフラワーの方が高く見えたりする。でかくて白い皿に、3平方センチメートルほど盛られたカフェ飯が1,944円ぐらいするのと同じ法則だ。

菓子だったら逆に、できるだけ量が多いやつを選び、店員の「母の日の包装にしますか」という問いに「オフコース」と答えれば、それだけで贈答品となる。

父の日は、母の日より難易度が上がる。母の日なら、カーネーションという伝家の宝刀がある。だが父の日には、「コレを渡すか、頚(けい)動脈を一定時間押せば、相手は黙る」というような必勝パターンがないのだ。

父の趣味を知らないわけではない。むしろ嫌と言うほど知っている。「歌」だ。そして、同じカラオケマイクを20年ぐらい使っているのも知っている。入っている曲で一番新しいのは、年号が入ってない「モーニング娘。」だ。

最新のマイクをプレゼントすれば、父が使いこなせるかは置いておいて喜びはするだろう。少なくともそれで頭を殴れば黙るはずだ。だが、完全な予算オーバーである。ピンキリではあるが、2,000~3,000円で買えるものはない。もし買えるものがあったら、それはマイクではなく、ジャイアントカプリコ30本セットとかだろう。

なので、毎年マイクを、と思いながら買わない。代わりに何を買うかと言うと、酒だ。父の日当日に酒屋に行き、適当な日本酒などを買って行く。しかし、私は酒の類をほぼ飲まないため、それがいいのか悪いのかさっぱり分からない。

例によって、安く高そうに見える酒を買って行く。しかしこれは、親にジャンプを買ってきてと頼んだらゆえにビジネスジャンプを買ってくるのと同じだ。父にとっては、酒のことを分からん娘が、趣味ではない酒を買ってきたということなのかもしれない。

前々回の「お年玉と誕生日」で、父の誕生日の度に父の歌を聞いていたと書いたが、実は過去形ではない。私と夫が正月に来ると必ず歌うので、いまだに年一で父の歌を聞いているのである。

だが父は、自分の母が亡くなった年だけ歌わなかった。やはり父が生きている内、歌える内に、マイクは贈るべきなのかもしれない。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。