漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。
今回のテーマは「パソコン」である。
去年、漫画で賞を取った。
そろそろみんな忘れたころだと思うので言っておいた。ご入用ならいつでも言うので遠慮なく言ってほしい。
それで結構な賞金をもらえることになった。
ちなみに私が受賞を伝えた数少ないリアルの人間、夫と母が「すごいね」と言ったのは今思えば賞金の額を聞いた時だった。
この賞金でパソコンを買おうと思っていたのだが、歯がまたダメになってしまい、賞金が全額消える上に、プラス10万円支払うことになった。
ただ、入った金が一瞬で丸々消えるという現象に遭遇した時、人は絶望ではなく「世の中上手くできているな」という「感心」をするように設計されているため、それを聞いた時は逆に「助かった」とさえ思った。
しかし、それは事故をした瞬間痛みでショック死しないように一瞬脳が痛覚神経を切るのと同じで時間が経つにつれ痛みがやってきた。
今は「あの賞金があればウマ娘のガチャ1660回回せた」と思っている。
このように、どちらにしても買われることのなかったパソコンであるが、商売道具を実質1個しか持っていないというのは大問題である。
医者だって、メス1本持参で現れてそれがバカになったら「今日の手術はやめ」というわけにはいかないだろう。
せめて2本、慎重な医者なら3本は持ってきているはずだ。
それと同じように「このパソコンが壊れたら何もできません」というのはプロとしてあるまじきことである、1台爆発しても大丈夫なようにもう1台ぐらいは持っておくべきだ。
実は去年末、唯一のパソコンが全てのデータを抱え込んだまま立ち上がらなくなるという事件が起き、その時は「今助けてくれれば予備PCを買ってデータのバックアップもちゃんととります」と神に祈ったが、そんなの二日酔いの朝に便器と合体しながら「酒は二度と飲みません」と言っているようなものであり、未だにPCは買っていない。
バックアップについては、クリップスタジオについているバックアップ機能を使っているのだが、バックアップされたデータがどこに保管されているのかは未だに知らないので、まずそれを探しに行く旅にでなければならない。
だが、本当にいつかシャレにならないことが起こりそうなので、もう1台マシンは必要だと思っている。
しかし、最近は「アイパッドで全部描いている」という作家も見かけるので、パソコンではなくそちらで良いのはないかと思っている。
だが、アイパッドを買ったはいいが、今のところコカイソラインを作る時にしか使っていないという作家が、同業が同じ無駄づかいをするように嘘をついている、もしくは本当にコカイソをやるとき便利だから勧めているという恐れがある。
古い人間なので、本当にあの薄い板で漫画が描けるのか心配なのだ。
何故なら今使っているパソコンが恐ろしく巨大なのである。
数年前、せっかくなら動作が早くなるよう、総額20万ぐらいのPCを通販で購入したのだが、その結果カテゴリでいうと「家具」レベルのPCが届いた。
そんなハイスペック機を使って何故出てくる漫画がアレなのだ、と思うかもしれないが、どんな美人がどれだけ高級料理を食っても最終的に出てくるのはクソではないか。
高級機材からクソを出すのは、生物的に見れば健全である。
それよりも、安いツールですごい作品を描く方が、クソを食ってケツからフランス料理を出す変態なのだ。
しかも、デカいだけではなくファン音が「うるさい」のだ。
毎晩PCを落とすと「世界とはこんなに静かだったのか」と感動する。
毎日10時間以上、頭の真横でクソデカファン音を聞いているので、私が精神的に不安定なのもある程度仕方がないことなのである。
むしろその環境で文字が打てるぐらい安定していることを褒めて欲しい。
これだけデカい機材とデカい音を立てて起動しているソフトが、あの薄い板でスムーズに動くのがイマイチ信じられないし、動いたら動いたで、頭の真横でデカい音立て損である。
だが、新しいPCを買うなら、古いPCを捨てなければいけないという問題がある。
普通の人は、パンツに穴が空いたら、新しいパンツを買い、穴が空いたパンツを捨てると思うが、世の中には穴の空いたパンツを履き続ける人間、そして新しいパンツを買っても穴の空いたパンツを捨てない人間がいるのだ。
かといって、その穴あきパンツを履くわけではない。ただ捨てないのだ。
そういうわけで、私の家には、使ってない古いPCが既に2台ほど放置されている。
もし新しいPCを買うなら、さすがにこの2台は処分しないと、新しいPCが入った瞬間私が入るスペースがなくなる。
もし新しいものを買うとしたらこの2台を処分してからだ、
これが永遠にPCを新調できない理由である。