漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。
今回のテーマは「インタビュー」である。
漫画家がインタビューを受けることは珍しいことではない。
しかしデビューして10年、私の話を聞きたいという者は「壁」しか現れなかった。
しかも今まで私が熱弁をふるっていたのが「壁の後頭部」であることが最近判明した。「話を聞きたい」という壁の声すら幻聴だったようである。
今も壁は私に背を向け、隣にいる誰かと話しているようだ、声が聞こえるので間違いない。
だが、去年ごろから急に社会派を気取りだしたせいか、インタビュー依頼が増えてきた。 むしろ増えすぎた。
もう何回同じ漫画についてインタビューを受けたかわからないのだが、これは「インタビューを受ける幻覚を見る回数が増えた」という可能性もあるので、これ以上インタビューが増えるようなら、クスリの量も増やした方がいいかもしれない。
インタビュー、もしくはインタビューの幻覚が増えたのは「コロナウイルス」の影響もあると思う。
コロナで精神的に疲弊したせいというわけではない、だったらもっと楽しい幻覚を見たい。
コロナが蔓延したことにより「リモートワーク」が急速に布教された。
リモートワークは主にネット、日本では時にファックス、またはUSBの郵送で行われている。
それに伴い一斉に使われはじめたのが、Zoomなどのビデオ会議ツール、もしくはエクスパック500だ。
このビデオ会議ツールは「インタビュー」をするのに非常に使い勝手が良いのである。
私は人々の記憶から抹消された事実上の犬鳴村に住んでいるので「インタビューさせてください」という幻聴が聞こえても「どこの東京で待ち合わせしましょうか?」と言われた時点で正気に戻ってしまうのだ。
未だに作家が全員都心に住んでいると思っている幻聴に聞かせる話はない。
電話でいいだろうと思うかもしれないが、インタビューというのは、私とインタビューを依頼してきた媒体担当、インタビュアー兼ライター、時にはこちらの担当を加え4人、もしくは私と3人の幻覚で行うため、電話ではやりづらいのである。
その点、ビデオ会議ツールなら、どこに住んでいようと、何人いようと、幻覚が何個だろうと手軽に行うことができる。
おそらくご時世的に、ニュースサイトとかも、外に取材不要な記事を書く必要があるのだろう。そう言った意味でもインタビュー記事というのはちょうどいい。
だが逆に言うと、コロナ前まで、何故わざわざ相手の自宅や喫茶談話室とかに御足労してインタビューを行っていたのか本気で意味が分からなくなっていると思う。
私も、どうして今までわざわざ飛行機に乗って打ち合わせに行っていたのか本当にわからない。USBを郵送するのと大差ないことをしていたのだ。
まだ自分が飛行機で運ぶよりUSBを郵送した方が正確性がある。
コロナが起こって唯一良かったことは、この「本気で意味がないこと」が大幅に減ったことだと思う。
ただしその反面「リモートワークビジネスマナー」など、新しい本気で意味がないことが生まれていたりもする。
そんなわけで、自販機の小銭口に突っ込まれている木の棒みたいな穴埋め記事として私によくインタビューが来るようになったのだが、インタビューにはまず「マジメにやらなければいけない」というデメリットがある。
こういうコラムなら独り言みたいな物なのでいくらでも適当なことを言えるが、相手がいて、しかもせっかくの在宅勤務なのに服を着てカメラの前に現れてくれるだけでも、マジメにやらなければいけないような気がしてくる。
ちなみに私もその誠意に報いるべく、最初は服を着てカメラの前に出ていたが、最近は面倒になってしまい「カメラの使い方がちょっと」と日本語がわからない外国人みたいなフリをして自分だけ「カメラオフ」でインタビューを受けるようになってきた。
インタビュアーたちは、漫画のことより、本物の社会不適合者がどういうものかを私から取材した方がいいような気がする。
しかし、これはメリットでもある。
マジメに答えると当然つまらない話しかできないのだが、ふざけたら面白くなるというわけでもないのだ。
何故なら私の「おもしろい」は「下ネタ」と「暴力」から1歩も動いておらず、ゲームだったら「B」のシールを貼られる奴だからだ。
つまり、ふざけると「おもしろくない上に周囲ドン引き」なことしか言わなくなるのである。
むしろ、こういうことを繰り返したからこそ社会にいられなくなった、と言ってもいい。
よってインタビュアーの方が真面目にインタビューしてくれているおかげで私はただつまらないだけの人間で済んでいるのだ。
もし、これから私にインタビューをしたいという幻覚の方は、私に面白いことを言わせようと、全裸でZoomに現れたりしないでほしい。
面白くない上に、そちらの媒体の品位が落ちる、もしくは最初から載せられない記事が出来上がるだけだ。
せっかくリモートで無駄を減らすことができたのだ。新しく巨大な無駄を作り出す必要はない。