漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

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今回のテーマは「博物館」である。

久々に冒頭一行以降書くことがないという現象が起こったため、とりあえず「博物館とは」でググってしまった。

この「とは」をつけるかつけないかで、五里霧中が、三里になるか十二里になるかの差がつくのだ。

博物館とは、特定の分野に対して価値のある事物、学術資料、美術品等を収集し、研究すると同時に来訪者に展示の形で開示している施設のことだそうだ。

つまり美術館も広義では博物館ということである。

前にも書いたかと思うが、私は某美術館の広報漫画を10年近く描かせてもらっている。

10年やっても「博物館 とは」と、半角スペースを入れてググってしまう奴に広報をさせている時点でセンスがない。もしくはそういう奇をてらったことをするのが面白いと思っているサブカルクソムーブが厳しいと思っているかもしれない。

しかし、今の博物館や美術館は、文芸に縁のない層にも来てもらえるよう、本当に知恵を絞り様々なことに挑戦しているのだ。

そして、挑戦には失敗がつきものである、つまり「私に発注」という失敗が起こるのは美術館史における「必然」と言っても過言ではない。

博物館や美術館と言ったら気取っているイメージがあるかもしれないが、それよりも新規ファンに対し「君のようなVネックを普通に着てくる人間にこの作品の本質が理解できているか疑問ですな」と言っているメガネのブリッジを触りすぎてスマホの画面まで汚れているオタクの方がよほど排他的だったりする。

今の博物館はわかる人やふさわしい人に来てもらいたいなどという選民意識はなく、わからない人や、博物館に来ると雑な合成写真のようになってしまうふさわしくない方にまで来ていただくため、力づくともいえる努力をしている。

私がお世話になっている美術館も主に写真と映像を扱うと公言している美術館なのだが、いよいよ厳しいときには突然「仏像」をメインに置いて起死回生したという話も聞いている。

これに比べれば、関係あるゲームやアニメとのコラボなど生ぬるい。

実際、ゲーム「刀剣乱舞」が多くの博物館とコラボしたように、博物館・美術館とオタク文化やサブカル文化が組むことは昨今珍しいことではない。

博物館や美術館はにわかやオタクに押しかけられて迷惑していると言っているのは外野の場合が多く、当の博物館側は突然仏像を置いてでも人に来てほしいと思っているため、人気ゲームやアニメとジャンルがかぶるのは「乗るしかない、このビッグウェーブ」なのだという。

だが、金払いが良すぎるというだけで、本来アカデミックなこととは無縁なはずのオタクをターゲッティングにするのはあざといし必死がすぎるのではないか、と思うかもしれない。

しかし、これはオタクにこびているというわけではない。何故なら博物館自体がオタクの権化みたいな存在だからだ。オタクを逆擬体化したのが博物館と言ってもいい。

パっと見なんだかよくわからない物を大量に収集し、集めるだけでは飽き足らず、わざわざデカい箱で「これヤバくね?」と人を呼んで見せつけ、それを似たような顔つきの人間が囲んで「うむ」とか「ヤバい」とか「(腕組み頷き)」とかしているのがオタクじゃなかったら一体何がオタクなのだという話だ。

博物館とゲームやアニメのコラボというのは、新規獲得のために対極の相手と共闘しているというわけではなく、吐き気を催すオタク同士だが、何故か今までジャンルがかぶらなかった2人が、ついにジャンルかぶりした、みたいな話である。

もちろん、オタクばかり呼ぼうとしているわけではなく、高齢者や体の不自由な人でも来られるようにバリアフリーにしたり、多言語にしたりとすべての層が楽しめるように努めている。

そんな中「美術館女子」などと、こともあろうに性別でくくるという失態を犯したところもあったが、それも「私に広報を発注する」に並ぶ、挑戦と失敗の歴史である。

世話になっている美術館のほかにも、一昨年、仕事で東京都国立博物館に三国志展を見に行ったとき、それ自体も面白かったが、当然のように横山三国志や三国無双とコラボしていた。自分の好きなジャンルと合わせてもらえると、展示自体にも興味が持てる。

見に行ったのが公開初日だったため、博物館はものすごい人出であった。

もし今このような密を発生させてしまったら、半分ぐらいしか博物館から生きて出られなそうだが、まだ当時はコロナというものはなかった。

ゼロ距離どころか、隣の他人の肘が己の脇腹にめり込んでいるというマイナス距離で進んでいくという今では考えられない光景が繰り広げられていたのだが、近くにいた老婆が押しつぶされそうになりながら、「曹操はね…関羽のことが大好きだったのよ…」とウットリした声で三国志絵巻の解説を連れの老婆にしているのを見て「ある意味この展示で一番良いものを見た」という気分になった。

このように、今の博物館や美術館は誰でも何かしら楽しめるようになっているので、コロナが去った暁には、一度訪れてみてはどうだろうか。