漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。
今回のテーマは「好きな漫画」である。
お題を考える担当曰く「最近漫画についてツイートされていることが何回かあったので、どんな漫画がお好きなのか、書いていただきたい」ということらしいのだが、それは本当に俺のアカウントだろうか。
この世に「カレー沢」などと名乗る輩が何人もいてほしくはないが、私は漫画をあまり読まないのである。
よって、もしツイッターで漫画の話をしているとしたら、自著を買ってくれと懇願している時ぐらいのもので、他人の漫画の話はほとんどしない。
何故なら私が他人の漫画の話題を口にしたせいで、その漫画が一冊でも売れてしまったら嫌だからである。
例え1冊、印税にして68円(税込)であろうとも、他人のサクセスには貢献したくないのだ。
逆に担当は何故これほど包み隠さず、時には涙すら見せて「他人のサクセスしている漫画が嫌い」とつぶやき続けているアカウントを見て漫画の話を振る気になったのだろうか。
もしかして「まんじゅう怖い」の前フリみたいなものだと思ったのだろうか? だが「まんじゅう怖い」だって、まんじゅうを食った相手が本当に血反吐を吐いて死んだらどうするつもりなのだったのだろうか。
「血反吐を吐いて死んでもいい」と思われているとしか思えない。
だがあくまで他人のサクセスが嫌いなだけで、漫画自体は嫌いではないし、読めば大体どの作品も面白いと思う。
漫画が嫌いなのに漫画家になるというのは「昔から下ネタが大嫌いだったためAV男優になりました」というぐらい不可解である。
逆に言えば、他人が描いた漫画はもれなく面白く、少なくとも自分より絵が上手いから見たくないとも言える。
つまり、猫好きの猫アレルギーみたいなもので、漫画を読むこと自体は好きなのだが、読むと心の嘔吐と下痢が止まらない体質なのである。
売れている漫画が嫌いなら売れていない漫画を読めばいいではないかと思うかもしれない。
そのアドバイス自体意味不明だが、出版社というのは何故か売れている漫画に対して「大人気! 100万部突破」と景気の良い煽りをつけるだけではなく、売れていない漫画に対しても「大好評連載中」とか書いてしまうのである。
確かに「(作者の親戚に)大好評連載中」なら、言葉足らずなだけで嘘にはならないが、紛らわしい。
つまり売れてない漫画に対し「絶賛在庫中!」とか「断裁秒読み!」「二巻部数激減!」「三巻は電書で出るや否や!」と素直に書いてくれないため「売れていない漫画」というのがなかなか判別できないのである。
だから、読者も自分の推している漫画が突然最終回になってビックリするという悲劇が起こってしまうのだ。
もし売れていない漫画を見つけようと思ったら、他人の漫画のアマゾンランキングをチェックしたり、他人の漫画のタイトルでエゴサして感想が全く見当たらないことを確認したり、作者のツイッターのフォロー数が2桁しかないなど地道な証拠を集めていくしかないのだが、やっていることが完全にノイローゼである。
このような病(ビョウ)の作家を増やさないためにも、出版社は売れてない作品は素直に売れていないということを欄外に書いて欲しい。
そういうと真っ先に自分の漫画に書かれてしまいそうだが、それがまた他の作家の励みになるのだ。
いくら社会性を子宮に忘れてきた奴がなる職業ナンバー1である漫画家(当社比)と言えども、こういった互助の精神を忘れてはおしまいである。
ただ、本当に売れていない漫画が目視できるようになっても、漫画には「何がきっかけで売れるかわからない」という特徴がある。
よって売れていないと思って読んでいた漫画が突然売れてしまうこともあるのだ。
つまり、他人のサクセスどころか、他人がサクセスする瞬間を目撃してしまうかもしれないのである、これは親のセクロスを見るよりつらい(韻を踏んだ)。
よって最近は売れていないに限らず「漫画」というものに関わらないのが一番だという結論になってきている。
だがゴリゴリのひきこもりでも調子の良い日はベランダに出られるように、私もたまにあと3日で死ぬ人間のように心穏やかな日もあり、そんな日は漫画を読むこともある。
私が読む漫画は大体「料理漫画」である。
幸い、現在料理漫画というのは「よくこんな市場で戦う気になるな」というぐらい数が多く、どんな雑誌やウエブコミックでも一つは料理漫画を連載しているため、供給が途切れることはない。
これだけ料理漫画が多いのはやはりみんな「食」が好きだからである。
私が料理漫画を好きなのも、10代のころ無理なダイエットをして「もう絵でもいいから食い物を見たい」と思ったからである。
ちなみにその時は「ブリトー」の絵をよく描いていた。そして今も食い物の絵を描いた紙が好物である。
こんな感じなので、我が家には自分が描いている雑誌や夫が買っている、ジャンプマガジンサンデーなど、山ほど漫画があるのだが、読むことはあまりない。
小遣いという概念がなく、ジャンプを毎週読むことすらできなかった小学生の時からすると夢のような環境なのに実にもったいない。
このように、やっと好きな物を食える財力を手に入れた時にはもう歯が1本もない、ということが人生にはよく起こるのだ。
後回しにせず、やりたいことはやれるときにやり、食いたいものや岩とかは歯がある内に食っておいた方が良い