今回のテーマは「勉強机」である。

突然だが当コラムの担当が代わった。退職するとのことだ。急ではあるが、私も平素は会社員の端くれなので分かる。社員とは急に辞めるものなのだ。徐々に辞める奴の方がレアケースだ。

辞めるまで、1カ月猶予をもつ奴は相当気が長い。中には即日という仕事の速い奴もいる。そんな辞め方をしたら残った人に迷惑がかかる、などと思う奴は退職に向いてない。退職というのは、無慈悲かつ傍若無人に行わなければならない。迷惑がかかるなどと言っている内に先に誰かに辞められ、自分が迷惑をかけられる側になるだけだ。「殺るか、殺られるか」と同じように「辞めるか、辞められるか」が退職界の掟(ルール)である。

その人間の人生であるから辞めるも残るも好きにしたらいいと思うのだが、実は夏に私の会社で人事異動が起こり、私が社員の入社退社手続きをすることになってしまったのだ。これが"めんどくせえ"のである。

また、前述の通り社員の退社とは急に決まるため、急に仕事が増えるのだ。月に何人も入ったり辞めたりされるとたまらない。特に"めんどくせえ"入社手続きをした奴がもう来月辞表を出してきて、"めんどくせえ"退社手続きをしなければいけなくなった時の怒りは筆舌に尽くしがたい。そいつから職業選択の自由を奪いたくなる。

もちろん、担当の退社手続きをするのは私ではない。しかし、「これは御社の総務部の分! 」と言いながら担当をぶん殴るのが、短い間でも仕事をした相手に対する手向けではないかと思う次第である。

そんなわけで担当はすでに代わってしまったのだが、当コラムは開始時にその担当がクソほどテーマを用意したため、しばらくはそれを消化していくことになる。置き土産というやつだ。

そして今回のテーマは「勉強机」だ。

よくこのテーマで2,000字書かせようと思ったなと思う。しかし、ここで「担当殺す! 」と言ったところでもう担当はいない。やはりぶっ殺すと心の中で思った時には、すでに行動は終わっていなければならないのだ。今、言葉ではなくて心で理解できた。

などと、ジョジョ5部を読んでいない人にはさっぱりな話は置いておいて「勉強机」だ。

勉強机というのは多分学習机のことだろう。今は知らないが、われわれ世代だと小学校に上がると同時に、学習机というものを与えられる。大人になってから机をやると言われても、その引き出しにグーグルプレイカードがぎっしり入っていない限りはそんなにうれしくはないだろう。しかし、子供の時は自分の机というものが"うれション"(※食事中の方、失礼した)するほどうれしかったものである。

うれしさのあまりか、私はその机を少なくとも23歳ぐらいまでは使っていた。学習机と言うぐらいだから、機能性には優れている。引き出しもたくさんあるし、ライトまでついている。今使っている机よりよほど上等だ。次、机を買うとしたら妖怪ウォッチの学習机にしようと思う。

しかし、その机を学習に使っていたのは中三ぐらいまでだ。高校に入ってから、わが家にはインターネットという名の黒船がやってきた。そこから学習机よりPCの前に座ることの方が多くなった。じゃあ、PCの前にいる時以外はその机で勉強をしていたかというと、PCで色を塗るイラストの下書きをしていた。今でこそ全てPCで作業をしているが、当時は下書きはアナログでして、それをPCに取り込んでいたのだ。

PCが来てから私はすぐにHPを開設し、そこに当時はまっていた乙女ゲーのイラストなどを載せ始めた。それまでは絵を描いても、友人の後頭部をバールのようなもので殴り、縛りあげ、目をセロハンテープ固定、無理やり「嫁キャラの斜め45度バストアップイラスト」を見せながら電気ショックを与え、感想を言わす、ということしかできなかったのだ。

それがネットのおかげで、絵をいろんな人に見てもらえる上に感想までもらえるのだ。今まではたサイコスリラー映画『SAW』に出てくるような拷問具が必要だったのに、PCひとつでそれができる。はまらぬわけがない。その頃から加速度的に勉強をしなくなり、学習机はあっという間に「嫁キャラのイラストや漫画の下書き」でパンパンになった。

さらにもうその机をガタがきており、引き出しの底が半分抜けていたため、丁寧に開閉しないと、足元に大量にそれらの下書きが落下してくるというギミック付きになった。その後、全ての作業をPCで行うようになり、ついに学習机はお役御免となった。

では卒業(処分)したかというとそうではない。実はまだある。使う人間がいるので、部屋の隅で物置になっているのだが、まずその机自体が盛大に場所をとっている感は否めない。すでに家に来てから30年近い。

いくらなんでもとって置き過ぎだろうと思うかもしれないが、友人宅に行くといまだに学習机を現役で使っているところもあるのだ。あの机は一生ものなのだ。特に成人後も余裕で実家に居座るつもりという者(今年小学生)は、慎重に吟味されたし。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。