漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。
今回のテーマは「書店」である。
新型コロナウイルスの影響で外出自粛となり、室内で出来る娯楽の需要が高まっているという。
これは出生率激増ワンチャンあるんじゃねえかと思わせたが、突然の休校要請や、何とか現金配布以外で黙らせたいという姿勢、果ては「マスク一世帯2枚」という、両親と子ども1人という限りなく無駄がそぎ落とされた家庭ですら1人犠牲にならなければいけない政策の数々を見ると、とても「よっしゃこれを機に家族増やしたろう」という気にはならない。
マスクがさらに足りなくなって余計困るだけである。
おそらくFANZAなどの売り上げが爆上がりしただけだと思うが、もうそれで良いと思う。
むしろFANZAやピクシブさんの方がよほど国民のメンタルを救ってくれている。
本も、昔からある室内で楽しめる娯楽の1つである、書店はこの状況でさぞ儲かっているだろうと思っている人もいるかもしれない。
確かに電子書籍や通販の需要は高まっているようだ。
しかし何せ外出自体を自粛させられているため、他の業種同様、リアル書店の状況は苦しいようである。
電子書籍にシェアが移りつつある昨今だが、日本は諸外国の中でも屈指の紙フェチ国家であり、今でも紙の本を出す、というのは作家にとって、大きな意味がある。
未だに電子書籍では己の表現したいものを見せられないから、と電子書籍版を出さない漫画家もいるぐらいだ。
その特殊性癖のせいで、チケットなどの電子化が遅れ、転売ヤーがのさばっているとも言えるのだが「HENTAI」という世界共通語を生み出してしまった我が国である。
紙に印刷されることではじめて、乳首のザラつきまで表現できるのだと思う作家や読者がいても不思議ではない。
そして、本が発行されても、置いてくれる書店がなければ日の目を見ることがないし、次に倉庫から出てくるのは断裁される時になってしまう。
つまり作家にとって、書店はなくてはならない存在である。
などと言っておいて恐縮だが、私は滅多に書店にいかないし、本を買う時は専ら電子書籍だ。
薄情すぎる、お前が断裁されろ、と思われたかもしれないが、一応言いわけさせてほしい。
何度も言っているが私は片付けが出来ないので、家の床をできるだけ露出させるには、もやは「出来るだけ物理で存在する物を買わない」という方法をとるしかないのだ。
また整頓も出来ないが、大事に扱うこともできないので、本を買うと瞬く間に、帯、表紙、本体の3つに分離して、ドラゴンボールのように世界各地に散らばってしまう。
そして当然だが汚す。
昔、ファンであるオノ・ナツメ先生に会わせてもらえる機会があり、喜び勇み、サインをもらおうと自前の本を持っていったのだが、その際も「すごく読み込んでくれてますね! 」と死ぬほど気を使ったコメントをさせてしまった。
紙の本を買ったほうがむしろ本や作者に対して申し訳ないことになってしまうのである。
逆に言えば電子書籍というのは私ほどの「汚し手」の持ち主ですら汚せない存在なのである。
どれだけ雑に扱っても「データが3つに分離した」ということは起こらない、どう考えても電子の方が私には向いているのだ。
むしろ「ホンモノのファンは紙を買うべき」みたいな選民思想は界隈を窮屈にし、衰退させてしまう。
正当な対価を払って手に入れているなら、どちらが上みたいな考え方はなくしていくべきだろう。
また書店に行かない理由は、書店というのは「売れている本が置かれる場」だからだ。 ネットと違い、売り場が限られているので、当然売れる本が優先されて置かれることになる。
その結果書店というのは、私の忌み嫌う「他の作家のサクセス市場」になってしまっているのだ、つまり地雷原である。爆死したら「入った方が悪い」と言われるレベルだ。
また、売れている本の帯には100万部突破とかアニメ化決定とか景気の良いことが書かれていることが多い。
鬼滅の刃が山積みされていても大して驚かないが、帯を見てはじめて「この漫画こんなに売れていたのか」とわかる場合がある。
つまり、書店に行ったせいで、気づいてなかった他人のサクセスにわざわざ気づいてしまうのだ。もはや自傷行為としか言いようがない。
よってどうしても書店に用がある時は、視線を常に斜め上45度にして、面陳されている売れ筋本が目に入らないようにするか、赤本コーナーを通る。
デビューしたてのころは、己の本が売られているのを見に書店に行くということもやっていたが、今は発売してもいかない。
行くと高確率で爆発四散するし、四散した上に自分の本は置かれていないという全損ケースが非常に多いからだ。
しかし、そんな売れ線の隙間に私の本を置いてくれる書店には非常に感謝しているので、サイン本とか希望があれば、出来るだけこたえるようにしている。
思えば昔は書店が好きで暇があれば行っていたのだが、下手に漫画家になってしまったせいで、入れなくなってしまった、というのはある意味悲劇である。
「好きなことは仕事にするな」という、うざいパイセンの説教ベスト3に入る言葉があるが、そういうボンクラパイセンほど「好きなことを仕事にしてサクセスできなかった時のキツさは異常」ということを身を持って知っていたりするので、一理はある、と思ってほしい。
しかし、私が今後堂々と書店に入れる可能性がないわけではない。
自分が、景気の良い帯を巻かれて書店に大量に置かれるような本を作れば良いのである。
諦めてないと言えばうそになるが、いつかまた、何の用もないのに書店に行き、目があったティーンズラブ本を5冊ぐらい買って帰るという日々を取り戻すため精進していくつもりなので、書店様も協力いただければありがたい。