漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

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今回のテーマは「親友」である。

「親友と呼べる人間はいるか」。

この質問を顔が暗い人間にすると、もれなく血反吐を吐いて死ぬので、殺したい陰キャがいる人は「バルス」みたいなものと思って覚えておくと良いだろう。

何故、死ぬのかというと、もちろん単純に「いない」というケースも多い。

だが、それなら横山光輝三国志の関羽のように立派なヒゲ面で「そんなものはいない」と言い切ることが出来るし「白鶴、まるー!」と雄叫びをあげながら頭上に「ゼロ」の字を威勢良く描くことも出来る。

つまり「いない」と言い切れた方が楽なのだ。

だが、残念なことに、どんなにネットで友達がいないことを自称している人間でも「友達はいる?」と聞かれたら、1人や2人顔が思い浮かんでしまうのである。

ここで二次元や無機物が思い浮かぶ者だけが本物を名乗っていい。

友達がいるならそれでいいじゃないか、と思うかもしれないが、陰キャはここで「向こうもそう思っているかどうか問題」が発生してしまうのだ。

こっちが友達と思っていても、相手がそう思っていなかったら死んでしまう。

よって「友達がいない」と公言している奴は噓をついているわけではなく、「自分は友達と思っているが、相手がどう思っているかは不明勢」を除外した結果、「友達はいない」という結論に達しているのだ。四捨五入でゼロ、みたいな感覚である。

「友達」ですら、そのぐらい悩むのだから「親友」などという問いはあまりにも重すぎる。

むしろ「自分の親友」という重荷を他人に背負わす覚悟がない。

しかし「親友」と聞かれて思い浮かんだ顔がある以上「あいつはどう思っているんだろう」みたいなことを考え込まなければいけなくなってしまうのだ。

それに軽々しく親友と思っている人間の名を口にしてしまったら、そいつが相手に「あいつ、お前のこと親友って言ってたぜ」とチクる恐れがある。

それで「友達とも思ってない」などと言われた日には関係者全員巻き込んで爆発する他ない。

このように「親友はいるか?」という問いは、自分がどう思っているかより、他人にどう思われているか気になってしょうがない人間を何重にも殺す質問なのである。童貞を殺すセーターどころの騒ぎではない。

そもそも、陰キャやコミュ症でなくても「親友がいる」とはなかなか言い切れないのではないだろうか。

やはり「親友」というのは、言うのも言われるのも重い気がする。

端的に言うと、金を貸してくれと言われたら断れない雰囲気がある。

ならば、いかにも金を貸してくれと言いそうな私に「親友」と名指しされた相手は、逆に音信不通になってしまうだろう。

さらに関係性というのは、必ずしもお互いの意見が一致するわけではないのだ。

片方は恋人と思っていても、もう片方が合体友達としか思ってないなど良くあることであり、双方の認識がかけ離れているほど、事件や悲しいことが起こりやすいのである。

よって「親友」という友人として最高峰の名称を使うことにより、相手との認識の差をさらに広げることになりかねない。

まだ「友達」と言っておいた方が「知り合い」と返された時のダメージが少ない。「親友」と言っていたら、高低差で鼓膜が破裂してしまう。

それを考えると「ズッ友」というのは良い言葉である。

友達より上位ではあるが、親友より格段に軽く、相手がそう思ってなくてもまだ冗談で済む感じがする。「ズッ友」と半角で書けばさらに軽さが増す。

ギャル言葉というのは、乱れた日本語のようで、普通なら重くて言えないようなことをコンビニ感覚で表現してくれる優れた言語とも言える。

そもそも「友達」というのは、親兄弟、夫婦など戸籍上の関係はもちろん、同僚や同級生、女王様や奴隷よりも、曖昧な関係である。

今日から俺たち友達だニャソ、と妖怪ウオッチみたいな宣言をして友達になる方が少数派であり、いつの間にか友達になっているケースが大半である。

また、友人関係にはABCみたいなステップがないため「ディープキスしたら親友」みたいな明確な基準が存在しないし、もはやそれは友達でない気がする。

それがますます「親友は?」という質問を難解にしてしまっているのだ。

結局「何でも言いあえる関係」とか「苦楽を共にした仲」など、友達より重いのが親友ということになってしまう。

もしくは「時間経過」や「距離」が関係ないのが親友かもしれない。

学校を卒業したら、学生時代の友人と疎遠になり、二度と会わない、というのは良くある話だ。

しかし、何年会わなくても縁が切れない友人というのもいる。もしかしたらそういうのを親友と言うのかもしれない。いたことないから、知らんけど。

ともかく「親友がいる」などと言う自信はとてもない。

どちらかというと「あいつ、お前のこと親友って言ってたぜ」とチクる側である。

それで見事「友達とも思ってない」という返答をいただいたら、当人には言わず、その周りに言いふらすと思う。

私に何故親友がいないのか、何となくわかった気がした。