漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。
今回のテーマは「帰省」だ。
年末年始と言えば帰省ラッシュの時期だ。
交通機関は軒並み満員の上割高、宿泊施設もいつもは5,000円台のビジネスホテルがディズニーと提携しているが如き料金を取ってくる。
だからと言って、車で行くと渋滞は不可避。
子はグズり、夫は舌打ち、妻は無我の境地で前方車両が見ているジブリ映画画面だけを見つめている、という地獄絵図になる。
そこまでして、帰省せねばならぬか、とも思うが、忙しい日本人は、この時期ぐらいにしか遠方にある故郷に帰省できないということだろう。
その点私は、進学、就職、結婚、全てを1時間以内の距離で済ませたため、そういう苦労とは無縁である。
コンパクトと言えば聞こえはいいが「君の股間はコンパクトでスマートだね」というのが、全く褒め言葉でないのと同じように、ただ人生のスケールが小さいだけだ。
当然、実家も義実家も車で数十分程度の距離にあるため、もはや「帰省」という言葉すらオーバーである。
だが、実家が「スープが冷めない距離」にあるというのも面倒だという。
まず、冷めていないスープを相手の顔面にぶっかけられるという時点で危険だ。
これが冷める距離だったら、ただ顔がしょっぱくなるだけで済むのである。
このように、実家との距離というのは「民事か刑事か」を左右する重大事項なのである。
安易に「俺の実家に近い方が後々便利っしょ?」などと言ってはいけない。
「便利」の中には「首を絞めに行くのに便利」も含まれているのだ。
賢明な皆さまはもう気づいていると思うが「スープが冷めない距離」の「スープ」というのは「殺意」の隠語である。
今からそいつを、これからそいつをボコ殴りに行こうか、という気分になっても、距離さえあれば、駅の改札前で「Suicaが減るのもったいねえ」など、冷静になるチャンスがいくらでもある。
これが徒歩圏内だったら、そのままヤーヤーヤーしてしまう可能性が非常に高い。
このように「距離」というのは、物理的にも精神的にも関係を冷静にさせる。
どんな美女でも、毛穴や顔ダ二しか見えないほど近づいたら、それはもはや美女とは言えないだろう。近ければ良いというものではないのだ。
たとえ帰省がキツくても、1年の内、数日我慢して、また距離を置く方が楽という人もいるのだろう。
しかし、数日とはいえ、泊まりで、特に義実家への帰省は難易度が高い。
私は、前述通り、実家が近いので「義実家に泊まる」というミッションインポッシブルを経験したことはない。
日帰りであれば、食器を片づける、程度で済むのだが、泊まりになると「作る段階から手伝うべきなのか問題」が浮上し、さらに風呂問題、洗濯問題と、問題が山積してくる。
正直言って、いくら値段だけがディズニーと提携しているようなホテルでも、義実家には泊まらないのが最適解な気がする。
特に私の場合、動かなければ、気の利かない嫁だ思われるが、動いても「何も出来ない」ということが露呈してしまう、デッドオアデッドなのである。
むしろ動かない方が「義実家の家屋に対する被害が最小限で済む」とも言える。
そもそも、嫁があれこれ家のことを手伝ってくれるのが果たして義実家にとってありがたいことなのかも不明である。
特に「台所」は「他人に入ってほしくない」という人もいるだろう。
実は私も自分の台所には入られたくない方だ。
「台所は女の城」などと思っているわけではない。
不用意に入られると、並んでいる調味料の賞味期限が全部切れていることに感づかれてしまうからだ。
私の台所はそのような不可解に溢れているため、コナンあたりが来たら「おかしい、この家はしょうゆが3つある、使いきらずに次のしょうゆを買うなんてことがあるだろうか」という推理を始めてしまい、そこから連続殺人が起きてしまう。
ともかく「性格が出過ぎている」ため台所には入られたくない。
そもそも、男が嫁の実家に行った場合、食器の片づけをしたり、まして「料理を手伝った方が良いのか」などと悩んだり、「出来ない」ことを咎められたりするだろうか。
男もやれ、というのではなく、女も客として堂々と「やらない」「出来ない」という態度を貫いても良いような気がする。
それに対し、義両親も色々言いたいことはあるだろうが、文句を言ったり、やらせようとしたりするより、帰省する側同様「これも1年の内数日の辛抱」と思っていただきたい。
どうせ辛い帰省なら、全員まとめて苦しむのが「平等」というものだろう。
そして全員がキツいと「今年は帰るのをやめよう」「ホテルに泊まってくれ」という建設的な意見も出やすくなる。
やはり、新しい文化を作るためには、一旦古いものをぶっ壊す必要があるのだ。
出来た嫁を装うより、仏壇の菓子まで食う斬新な行動が、義実家との関係に新風を巻き起こすだろう。